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シューベルトのピアノソナタ
もし、「シューベルトのピアノ曲から好きな作品を選んでほしい」と言われたら、皆さんは何を選びますか?
私だったら作品90と作品142の『2つの即興曲』ですね。
『即興曲』は変奏曲スタイルに傑出した才能を発揮したシューベルトのリリシズムが最高度に発揮されているのです。
しかも、それぞれが夢の小箱を開けるようなピュアな魅力もあるし、叙情的なメロディが溢れているのもたまりません。
では23曲あるピアノソナタはどうなのでしょう?
それぞれ魅力作揃いですが、ベートーヴェンのように楽章ごとの緊密な関係性には乏しいのです。モーツァルトのように無垢で透明感に貫かれた音楽というわけではないし、ショパンのような聴くものの心を捉える哀愁に満ちたドラマがあるわけでもありません……。
天上の調べを紡ぎ出す
では、シューベルトのピアノソナタの魅力って何でしょうか?
私は無理に作品のつじつまを合わせようとしたり、変にまとめたりしない……。音楽をあるがままに聴かせてくれるのがシューベルトの唯一無二の魅力ではないかと感じるのです。
つまりインスピレーションに導かれるように作曲をするのが最大の美点なのです。有名な未完成交響曲が2楽章で終わっているのも、これ以上楽章を増やせない……という彼の究極の選択だったのでしょう。
したがって起承転結のように複数の楽章を構成するピアノソナタよりも、単一楽章の作品に彼ならではの良さが出るのは当然と言えば当然なのです。
ご存知のようにシューベルトは数多くの珠玉のメロディーをを生み出しています。
前述の未完成交響曲の第2楽章中間部のテーマや即興曲作品90のアンダンテの穏やかな抒情、冬の旅『菩提樹』の懐かしさ…。等々、あげればキリがありませんが、まさにシューベルトは天上の調べを自然体で紡ぎ出す音楽家なのです。
シューベルトらしさが全開
さて、そのような観点からもピアノソナタ第20番は全体の完成度よりも、個々の楽章にシューベルトらしさが表れた魅力作です。
中でも印象的なのはシューベルト自身のピアノソナタ第4番から転用した第4楽章のテーマの魅力でしょう。モーツァルトのようにこぼれるような無邪気な微笑みを振り撒きながら、シューベルトらしい穏やかな情緒がプラスされた秀逸なテーマなのです。
このテーマは彼にとって何か特別な想いがあるのかもしれませんね……。
躍動感みなぎる分散和音で始まる第1楽章もピアニスティックな魅力に富んでいて見事。シューベルトらしいデリカシーが充実した展開の中に見事に結晶化されていきます!
第2楽章の孤独に満ちた深い悲しみはシューベルト晩年の作品に共通しています。彼がいちばん書きたかったのはこのような素直な心境を綴ったものだったのでしょうか……。
聴きどころ
第1楽章 Allegro イ長調
躍動感みなぎる分散和音で始まる推進力に満ちた見事な楽章。
豊かなメロディーとさまざまな経過句から展開する。移りゆく悲しみのデリカシーが巧みに映し出され、充実した展開に結晶化されていく!
第2楽章 Andantino イ長調
第2楽章のやり場のない深い悲しみはシューベルト晩年の作品に共通するテーマで、彼が最も書きたかったのはこのような心境を綴ったものだったのかもしれない。
第3楽章 Scherzo: Allegro vivace イ長調-二長調
スタッカートの付点リズムが印象的な楽章。
第4楽章 Rondo – Allegretto イ長調
自身のピアノソナタ第4番から転用した魅力いっぱいのテーマ。微笑みを振りまくようにこのテーマは少しずつ形を変えながら何度も表れる。
オススメ演奏
リリー・クラウス(P)
リリー・クラウスはシューベルトとの相性が抜群でした。シューベルトの音楽性やデリカシー、造形との見事な適性のためなのか、閃きや即興的な音楽の冴えがたまりません。
瞬間瞬間に沸き上がるシューベルトの移ろう情感を生かした演奏として、これは芸術的にも群を抜いているといえるでしょう。
第4楽章のテーマの弾むようなリズム、デリカシーに満ちた表情は聴くものを幸福感で満たしてくれます。
第1楽章の緊迫感あふれる歌と高揚感も完璧で、シューベルトの音楽の魅力を歪みなく伝えてくれます!
内田光子(P)
内田光子の録音(デッカ)は20番に新しい可能性を構築した名演奏です。シューベルトはウィーン楽派を代表するロマンティズムをふんだんに持った作曲家だと考えられています。
しかし内田の解釈はちょっと違います。徹頭徹尾、シューベルトの心の動きのみに焦点をあててて深く掘り下げた純音楽的な名演奏を実現しているのです。
際立って素晴らしいのは第2楽章アンダンティーノ。深い悲しみと嘆きがことさら身につまされるような響きとなって展開されます。