平凡な絵の中の非凡
1934年、モスクワで開催された若手画家の展覧会を訪れたアルベール・マルケ(右から3番目)
(Photo by Keystone-FranceGamma-Rapho via Getty Images)
マルケという人はちょっと見ただけだと何でもないような絵を描いてるようにしか見えません。
しかし、よく見ると実は凄い絵を描いているということが分かってきます。
それではどんなふうに凄いのかということですが、まず何より並み外れた感性の豊かさやデリカシーにそれが窺えますね。ごくごくあたりまえのように抽出する形や色の感覚も見事です。
そして情報量の多さもあげられるでしょう…。
その情報量の種類は写真のようなリアリズムとはまったく異質の世界で、写真からは絶対に得られない世界といっていいかもしれません……。
画家の心に響いた風景
「ポン=ヌフとサマリテーヌ」は画家自身がモチーフから感じとった世界が素直に絵として表現されています。
また、そこにこそマルケの絵の大きな存在価値があると言ってもいいかもしれません。この絵では、モチーフとなった冬のパリの街並み、空気感、騒然とした雰囲気が醸し出されます。
画家の目に映った街並みのようすが生き生きと眼前に現れるようではありませんか…。
マルケはマティスやブラマンクらと共に、フォーヴィスム(野獣派)と分類されますが、絵は至って穏やかです。
色彩も絵の具のチューブからそのまま塗りたくったり、原色を使用せず、補色を混ぜ合わせて作られる彩度の低い色調を特徴としました。
母とマティスによって開花した才能
マルケは幼少の頃から病弱で、足も変形気味で走ることもままならなかったようです。
学校のクラスメートや先生からは動作や身体的な事でからかわれたり、馬鹿にされることが多く、気持ちが滅入ることも多かったようですね。
やりきれない想いをノートに書きなぐったり、ひたすらスケッチしたり、港の埠頭に行って船の発着を見ていたりする中で、自分の好きなことを見出していきます。そのことを見逃さなかったのが、お母さんでした。
お母さんはマルケの将来を本気で心配していました。そこで装飾美術学校へ通わせるために土地を売却して、マルケと共にパリに引っ越し、そこで洋品店を営んだというのです。
子供のためとはいえ、普通はなかなかそこまでできないですよね……。
運命の偶然か、その美術学校で出会ったのが5歳年上のマティスでした。考えることも画風もまったく違う二人でしたが、なぜか気が合い、終生変わらない友情を育み続けます。彼らは言葉で表さなくとも、互いを信頼し尊敬していたのでしょう。
抜群な感性のフィルター
この絵ではマルケの持ち味であるグレートーンの色調がとても美しく、冬の寒々とした風景を美しく描き出しています。
確かに画面全体に冬空の寒さが拡がっているように感じますし、雨混じりの雪が路面を濡らし、帰路を急ぐ人々の様子が次第に浮かび上がってきます……。
単純化したタッチなのですが、日常的な光景の中に強い共感と関心を寄せる画家の眼は鋭く、感性のフィルターが冴え渡っています。
決してリアリズムを追究して描いているわけではありませんが、ここには写実を越えた心の記憶や感性に訴える何かがあるのです。