ヴィンシャーマン盤の思い出
バッハのオーボエダモーレ協奏曲イ長調BWV1055。
こんなに楽しく親しみやすい作品がバッハの音楽にあったのか…と驚くばかりなのですが、この作品と出会うきっかけになったのがヘルムート・ヴィンシャーマンがオーボエを担当し指揮したアルバムでした!
すでに録音から半世紀以上の歳月が過ぎているのですが、今なお新鮮で温もりある響きに胸が熱くなります。
ヴィンシャーマンといえば、確か雑誌の取材だったと思いますが、オーボエ奏者の宮本文昭さん(ヴァイオリニストの宮本笑里さんのお父さん)が、師匠でもあった彼のオーボエの魅力について熱く語っていたのを思い出します。
なぜヴィンシャーマンの演奏をとりあげたのかというと、彼の演奏によってこの曲だけでなく、バッハへの認識がずいぶん変わってしまった(もちろん良いほうへ)からなのです。
ちょうどこの演奏が収録された1960年代の前半頃というと、バッハの演奏は厳しく求道的でなければならない……。そんな暗黙の了解や空気ができあがっていた時代だったのでした。
その慣例をいい意味で打ち破るヴィンシャーマンのさわやかな名演奏!
オーボエの響きや音色は、まるで瞬間瞬間に移り変わる心の表情を伝えてくれるようだし、なんともいえない懐かしさと温もりを届けてくれるのです。
バッハを聴く楽しさと喜びを理屈ではなく、肌感覚で教えてくれる名演奏こそヴィンシャーマンのオーボエの真骨頂といえそうです。
ワクワクする音楽
この音楽を聴いて最初に思ったのは、「バッハってこんなに遊び心があって、ワクワクする音楽も書けるのか…」でした。
もちろん子煩悩で、10人以上(幼くして亡くなった子供たちを入れると20名にも及ぶ)の子供たちを育て上げ、教育には誰よりも理解があったバッハのことですから、当然といえば当然なのかもしれませんね……。
ここでは無邪気に音楽と戯れ、理屈抜きで音楽を楽しんでいるバッハの姿があるのです。
それはちょうどモーツァルトが鼻歌交じりに楽しげにピアノを弾きながら、本質をズバリ突いた音楽を作り出すのに似ている感覚があるのです。
そのような魅力がふんだんに現れているのが第1楽章アレグロでしょう!
弾むようなリズムと魅力あふれる親しみやすい主題が、いっぺんに心を惹きつけます……。
その後、中間部で若干の哀愁を帯びたメロディや主題を発展させた懐かしい展開部で懐の深さを感じ、さすがバッハと思わせるのです。
聴きどころ
第1楽章 アレグロ
第1主題冒頭の肩の力を抜いた弦の合奏は、まるでご機嫌なバッハの表情が浮かぶよう…。弾むようなリズム、魅力あふれる主題が華を添える。
第3楽章アレグロ・マ・ノン・タント
第1楽章と同じく溌剌としたリズムや、光や空気をも感じさせる心地良い主題が心を惹きつける。
中間部での転調は第1楽章よりさらに変化に富んでいて魅力的!
オススメ演奏
ヘルムート・ヴィンシャーマン(オーボエ、指揮)ドイツバッハゾリステン
ヴィンシャーマンの格別の名演奏!
1960年代の録音ながら演奏スタイルにまったく古さを感じません。何よりヴィンシャーマンの想いが込もった表情豊かな演奏はいっぺんで心を虜にしてしまいます。
自在なヴィブラートとまるで自分で歌を歌っているのか…と思うようなオーボエの響きにあふれ出る歌心…。
何気ない表情の変化も実に見事で、デリカシー豊かな感性の発露がぐいぐいと聴く者の心に入ってきます。現在CDはほぼ廃盤ですが、音楽配信サービスで聴くことが可能です。
ハインツ・ホリガー(オーボエ、指揮)カメラータ・ベルン
ホリガーはいわずと知れた20世紀最高のオーボエ奏者。その影響力は限りなく広く、オーボエ奏者だけでなく、フルート奏者、ファゴット奏者にも影響を与えたカリスマと言われています。
抜群の音楽性とテクニックを兼ね備えた天才で、彼によって陽の目を見たバロックや古典、現代作品も数多くあります。
そんな彼がこの作品では驚くほどの透明感と美しい音色で魅せてくれます!形を自分のスタイルに近づけながらも、決して崩したり遊んだりしないところが流石ホリガーです。
特に素晴らしいのが第3楽章で、リズムを次第に詰めながら格調高く音楽を進めていく…その造形感覚や安定した楽器の響き、音楽性に大拍手です!