ドラマチックで美しいミサ曲
プッチーニは20世紀を代表するイタリアオペラの大作曲家ですが、オペラに比べると宗教曲や声楽曲はあまり知られていません。
しかし、このグロリア・ミサは一言ではとても言い尽くせない魅力に溢れた素晴らしい作品です。
何が素晴らしいのかというと、ミサの形式で書かれた作品なのですが、カトリック的な情感を基調にしたものではなく、もちろん厳粛なグレゴリオ聖歌風でもない、あくまでも歌を基調にした創作にあるのです。
つまり一言で言えば、ミサ曲らしくないミサ曲なのです。
形にとらわれないあたりはベートーヴェンと似ているのかも知れませんね。ミサ曲というと厳かな祭壇や蝋燭の灯りに照らされた神秘的なイメージが彷彿とされますが、この曲はちょっと違います。
聴いていると密室に閉ざされた雰囲気は微塵も無く、まるで屋外の太陽の光に照らされたとても開放的なイメージが広がっていきます。
たとえばベネディクトゥスからアニュス・デイあたりは独唱も美しく、夕陽に照らされた海岸を想わせたり、晴れた秋空の心地良い風を感じたり、光と影の美しいコントラストだったり、オペラの情景のように様々な感覚が湧き上がってくるのです。
そのことからも、この作品がいかに自由で豊かなイマジネーションに溢れているかがよく分かりますね。
この作品を聴くと、後年の素晴らしいオペラへとつながる萌芽がはっきりと出来上がっているのをきっとお気づきになることでしょう。
聴きどころ
キリエ
魅力的な序奏が印象的。一般的なキリエの宗教的で厳かな祈りの表現というよりも、序奏によって詩的で美しいイメージが描かれる。合唱が加わると夢のひとときが展開されるようだ。
グロリア・イエス・いと高きところに神の栄光あれ
約17分に及ぶ長大なグローリアの開始を告げる魅力的な一篇。気が利いていて、軽快なリズムとエネルギッシュで輝きにあふれた主題が胸に響く。
グロリア・世の罪をのぞきたもう者よ
テノールの独唱がいかにもオペラ作曲家プッチーニの特徴を端的に示す部分だ。ミサの清廉潔白で汚れないイメージ以上に、人して苦しみ悩む姿をオペラのアリアのように歌いあげる。
グロリア・イエス・キリストよ、御身のみ聖なる者〜聖霊とともに、父なる神の栄光のうちにいませばなり
合唱による美しい祈りに満ちた「イエス・キリストよ、御身のみ聖なる者」が心からの共感をもって歌われると、喜びと希望に満ちたあふれんばかりのフーガが縦横無尽に展開される。圧倒的な高揚感を醸し出しつつ、本作のクライマックスを築いていく。
オススメ演奏
オペラ作曲家プッチーニの作品ゆえに、どうしてもオペラの延長線上でコーラスを歌わせようとする演奏が多いのですが、それではこの作品の本質はなかなか表現できません……。
やはりミサ曲だけにプッチーニのオペラ的なロマンチズムと清廉潔白な内面性のバランスがうまくとれた演奏でないとなかなか感動しないのです。簡単そうでなかなか難しい作品ですよね…。
ユルゲン・ブッダイ指揮マウルブロン聖歌隊、バーデンバーデン・フライブルク放送交響楽団
演奏はユルゲン・ブッダイが指揮したマウルブロン聖歌隊、バーデンバーデン・フライブルク放送交響楽団とのライブ演奏が最高にエキサイティングで、この曲の魅力をあますところなく伝えてくれます。
コーラスの抑揚が効いた柔らかなハーモニー。絶えず内面の情緒を描き出すハーモニーは立体的な造形と共に、この作品に隠された深い陰影を浮き彫りにします。
特にグロリアの後半部の見事な盛上がり!それはテクニックや調和、響き云々以上に、作品に心底共感し、表現しているからこそ感動がひたひたと伝わってくるのです。
変化に富んでいて、多彩なテーマが繰り広げられるこのミサ曲の魅力をとことんまで表現するブッダイの力量にも驚かされます。
アントニオ・パッパーノ指揮ロンドン交響楽団および合唱団、トーマス・ハンプソン(T)ロベルト・アラーニャ
合唱がややオペラよりという欠点こそありますが、二人のソリスト(ハンプソン、アラーニャ)の歌や緻密で劇的なオケの表現は明らかにブッダイ盤より優れています。
パッパーノのオケの統率力やオペラで練り上げたプッチーニの細やかでダイナミックな表現も聴き応え充分!
オペラよりとは言うものの、他の演奏に比べるとずっと的をついていて、オペラのような緊迫感と甘美な表情が魅力的な名盤です。