あらすじ
バクトリアの女王アルフィーズは、出生不明のアバリスに恋をしていた。
彼女の国の伝統に従えば、アルフィーズは北風の神ボレの子のであるボリレかカリシスのどちらかと結婚しなければならない。
しかしアルフィーズは王位を退いてアバリスに愛の矢を授け、彼と結婚することを宣言する。このことにボレは猛烈に怒り、アルフィーズを幽閉し、地上を嵐で不毛の地にしてしまう。
アバリスはこのことに絶望し、「神に対して人間ごときが抗えるわけがない」と、自殺しようとするが、「その矢が秘密の力ですべてを解決に導くだろう」と大司祭アダマスに告げられる。
かくしてアバリスは愛の矢を手にアルフィーズを救い出す旅立ちをする。
ラモーの音楽は音の絵の具箱のよう
フランスバロックの巨匠、ラモーのオペラは1990年代以降、盛んにレコーディングされるようになりました。現在はその当時とは比べものにならないくらい多くの指揮者が上演のプログラムに組んだり、録音しています!
ラモーの最後のオペラ「レ・ボレアド」。
こんなに楽しくて生気にあふれた音楽は滅多にありません。理屈っぽさはどこにもなく、その音楽は雄弁で洗練された味わいでいっぱいです。
しかもしっとりとした哀愁も随所に感じさせるのです。
ラモーの音楽はまるで音の絵具箱のようです。あるときは透明なパステルカラーのようにさり気なく、また時にはかすれた水彩の滲みのように心に深く染み込んできます……。その色合いは本当に変幻自在です。
そして、小鳥のさえずりや季節の香り、爽やかな空気の漂う様子が充実した和音の中で繰り広げられます。
ラモーは自然の情趣を気負い無く奏でるミューズの詩人なのかもしれません。その美しさはファンタジックでメルヘン的な要素を伴い絶品です。
注目の的、ラモーのオペラ
今やバロックオペラの重要なレパートリーに数えられるラモーの作品ですが、1980年代までは芸術性の高さに比べ、正当な扱いを受けることがありませんでした。
とかくクラシック音楽と言えば、格調高く理路整然としてなければならないとか、高度な技法で圧倒することが傑作の条件であるかのように思われがちです。
けれども、あけっぴろげで純粋で見通しのいい音楽は一段下のものと思われることも少なくありません。そういう意味ではラモーは不遇な作曲家の部類に入るのかも知れませんね。
クラブサン(チェンバロ)曲に限ればバロック音楽の流れのひとつという意味で以前からレコーディングはされてきました。しかしオペラに関してはほとんど無視されるか、正当に採り上げられることはなかったのです。
ラモーのオペラに接すること(演奏面、演出面)は、手垢がついてない埋もれた宝の山を掘り当てるのに近い世界がありますね。
ラモーのオペラはアリアはもちろんのこと、合唱や変化に富んだダンスを含めた、様々な要素で魅力いっぱいの作品なのです。
後年のロマン派オペラに比べ、ストーリー性や心理的なドラマにはあまり目を向けてはいないものの、それを上回る抜群の雰囲気やファンタジーがあるのです。
古楽器演奏で魅力が再発見
ラモーのオペラが盛んにレコーディングされるようになったのは1980年代でした。奇しくもその時代はオリジナル楽器(古楽器)の演奏が市民権を獲得して、モダン楽器にはない透明な響きで魅了した時期と重なります。
既に様々な演奏で語り尽くされた感があった大作曲家の作品に比べると、ラモーの音楽は色彩豊かで響きが独特、繊細な感性に訴えます。
現代楽器で聴くモヤっとした感じやよそよそしさがなくなり、本来のメロディラインや響きが美しく蘇ったラモーのオペラを聴いて、「こんな音楽があったのか…」と驚かれる方は少なくないでしょう。
オペラとしての視覚的な要素を抜きにしても音だけでも充分に楽しい……。
では何故これほど魅力いっぱいのラモーのオペラが長年評価されなかったのでしょうか?
それは前述のとおり、モダン楽器の演奏では響きが濁ってしまい、ハーモーニーが鈍重に聞こえてしまうからなのでしょう。
ラモーのオペラは古楽器演奏のアーティストたちによってはじめて魅力の扉が開かれ、陽の目を見るようになったといっても過言ではありません。
彼のオペラは無垢で優雅な表情が引き出されなければならないし、ハーモニーが透明でなければ魅力の大半が失われるといってもいいのです。
晩年の傑作「レ・ボレアド」
このレ・ボレアドは驚くべき傑作ですが、長い間不遇の歴史を味わってきました。
そもそも、1763年の七年戦争終結の式典に向けてパリで作曲されたオペラだったのでした。
しかしリハーサルの途中で何らかの理由で公演の計画がとりやめになったため、その後作品はすっかり忘れられた存在になってしまったのです。
打ち切りの理由は定かではありませんが、ストーリーや音楽技法・表現の扱いに、これまでの音楽的常識が通用しない難しさが根底にあったためとも言われています……。「レ・ポレアド」はまさに未来に目が向けられた時代様式を超えた紛れもない傑作だったのです。
ちなみに初上演の陽の目をみたのは、作曲から何と200年もの歳月が過ぎた「ラモーの没後200年記念事業」と銘打たれた、1964年のフランスのラジオ放送まで待たなければならなかったのでした。
そしてレコード初録音はそれから更に18年後の1982年7月、エクス=アン=プロヴァンス音楽祭で、振付家キャサリン・トゥロシーとニューヨーク・バロック・ダンス・カンパニー、指揮のジョン・エリオット・ガーディナーが組んだ初の本格的な上演でした。
アリアの美しさ、透明感溢れるピュアなサウンド、立体的な音の構築等、至る所にみずみずしいデリカシーや美しい旋律が溢れています。
聴きどころ
序曲
軽妙洒脱でファンタジックな展開を予感させるオープニングの音楽。
第一幕・Rondeau Vif _La Troup Volage
朝の光を浴び、小鳥がさえずる中で、みずみずしい感動と喜びを歌う。
第一幕・Chantez le Dieu qui nous éclaire
「その光の輝きで、大地は神々を認めた」と、アポロンの神への讃美が力強く颯爽と合唱で歌われる。
第二幕・Espere tout de ce trait enchante
アバリスがアルフィーズに寄せる純粋で強い愛の想いを歌う合唱。
第四幕・Entree
アバリスはアルフィーズを失った悲しみに打ちのめされ、途方にくれるが、「愛の矢で救えるのはあなたしかいない」と大司祭アダマスに促される。内面を見つめるような平和で穏やか、ときに憂いに満ちた旋律は心に深く溶け込んでいく。
組曲として、また単独でよくとりあげられる音楽。
第四幕・Parcourez la terre
アバリスを励ますように、「地球を旅し、宇宙と空を渡り、海を渡り、雷の棲家へと飛べ!」と歌う合唱。豊かな愛情と息づかいが伝わる印象的な一篇。
オススメ演奏
ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団、スミス(sp)他
演奏ではまず記念すべき世界初録音のガーディナー盤を筆頭にあげなければならないでしょう!
ガーディナーはラモーとの相性が抜群にいいようですね! この作品でも自由自在に曲を操り、ラモーの無垢でファンタジックな要素を見事に引き出しています。
とりわけ合唱とメリハリの利いた管弦楽が素晴らしく、ラモーが伝えたかった表情がセンス満点に表現されています。
クリスティ指揮パリ・オペラ座公演、レザール・フロリサン、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス(ダンス)、バーバラ・ボニー(Sp)
ラモー:歌劇《レ・ボレアド》パリ・オペラ座2003 [DVD]
映像で素晴らしいのはカーセン演出、クリスティ指揮のパリ・オペラ座での2003年公演です。
とにかくカーセンの色彩豊かな舞台に息をのみます。そして隅々にまで神経が注がれた稀有なエンターテインメント性に驚かされます。
ボニー、アグニュー、ナウリらを揃えた歌手もベストマッチで夢のような舞台を盛り上げます。
踊り、歌、ドラマ、色彩のハーモニーの中で演じられる、時代を超えたエンターテインメントとして今後も語り継がれることになるのではないでしょうか。