叙情的な美しさ・感性が光るピアノ曲・シューベルト即興曲作品90

 

説明不要のピアノの傑作

シューベルトのピアノ作品としてすぐに思い浮かぶのが晩年の2つの即興曲(作品90、作品142)です。今回は作品90のほうにスポットを当ててみました。

彼はピアノソナタを21曲も作っているのですが、音楽を構築するソナタより、自由な発想・形式で作る小品や変奏曲に抜群の相性を発揮したようですね。

美しい表情、優しさに溢れた旋律、ピアニスティックな魅力、そして時折見せる柔和で無邪気な心持ち……。自然体で包容力のあるシューベルトの即興曲はいつの時代も多くの人を魅了します。

即興曲作品90も、もともと独立した小品として作曲されています。ですから1曲だけでも曲として充分に楽しめるのです。ピアニストがリサイタルなどで即興曲からセレクト演奏するのもこんなところに理由がありますね。

ピアノソナタで時折見られる窮屈さもここでは見られません。創造の翼が生き生きと羽ばたいているからなのでしょう。

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輝きを放つ調性

シューベルトの即興曲にはある共通のテーマがあります。

それはすべての曲(作品90と作品142の全8曲)が♭(フラット)系で作曲されていることです。♭(フラット)は半音下げて演奏するため、短調の作品の場合は翳りの濃い表情が出やすいと言われていますね。

つまり長調の曲でも何かしら寂寥感や悲哀がほのかに漂っているということでしょう。シューベルトの溢れるような感性と結びつき、さらに輝きを放つようになったのかもしれませんね。

第1曲の悲哀と慰めが交錯する心の旅路、第2曲の華麗な3連符と心の嘆き、第3曲の無限の安らぎを湛えた美しい旋律、第4曲のピアニスティックな魅力と調の発展…。

すべてはシューベルトのみが持つ魅力で充満しているのです。

 

 

聴きどころ

第1番 ハ短調 アレグロ・モルト・モデラート

冒頭のピアノの印象的なアタックに始まり、悲劇的な心の動きを表すような序奏が続く…。やがて厚い雲の隙間から光が差し込むように穏やかで叙情的な旋律が辺りを満たすが、それも長くは続かない。

嘆きと慰めが交錯する旋律はまるで心の旅路のようだ……。

第2番 変ホ長調 アレグロ

リズミカルで拡がりのある3連符が印象的。華麗でピアニスティックな音色の美しさを持った曲。

中間部の心の嘆きのような舞曲風メロディは劇的な迫力を併せ持ち、音楽の明暗を彩る。演奏効果も高く、ピアノリサイタルでもよく演奏される曲だ。

第3番 変ト長調 アンダンテ

詩的で美しい情感に満たされる曲。

心の想いが託された美しい旋律と、光のきらめきを表すようなアルペッジョが一体となって心に深い余韻を残す。

シューベルトらしい叙情的で美しいメロディが心を緩やかに溶かす。いつまでも浸っていたいと想わせる名曲。

第4番 変イ長調 アレグレット

引き締まった分散和音によるパッセージが心を捉えて離さない! 

物悲しい旋律とピアニスティックな魅力が一体となっていて、一度聴いたらその魅力に取り憑かれるだろう。

調性は変イ長調だが、変イ短調のアルペッジョから徐々に変イ長調へと変化していくところもユニーク。

オススメ演奏

リリー・クラウス(P)Vanguard

 

録音は古くなりますが、リリー・クラウスの1967年のヴァンガード盤を必聴演奏として推します。これほどまでに音楽の持つ美しさを自然なニュアンスで格調高く表現した演奏はないでしょう。

造型が引き締まっているため緩慢になったり、流れが悪くなることがありません。それは第3番のアンダンテでもそうで、作品に対する共感からくるところも大きいのでしょう。

即興曲のような作品は聴かせるテクニックもある程度必要でしょうし、独自の表現力も要求されます。そういう意味でクラウスの感性、表現力は最高と言っていいのではないでしょうか。

クリスチャン・ツィメルマン(P)

ツィメルマンの演奏は終始素直な感情を漂わせていて、安心して聴くことができます。

音楽に流れと気品があり、美しく磨き抜かれたタッチから紡ぎ出される鋭敏な感性や豊かな表現力は唸るばかりですね。

変にデリカシーにならず、しっかりとツィメルマンらしさを出しながら、俯瞰的な視点で作品を捉えているところもさすがです。

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