皆さんは「感性」という言葉を最近よくお聞きにならないでしょうか?
「感性が豊か」というように、一般的には物事を心に深く感じとるという意味で使われます。
以前の投稿で、「感性とはとても奥が深く、生きる上で何よりも大切で身につけるべきもの」とお伝えしました。
それでは、どのような状況で感性を膨らませたり、育むことができるのか…、そのことについて考えてみたいと思います!
感性とは? 皆さん、「感性」という言葉をよく耳にされると思います。 でも今一つ言葉の意味が「わかるような、わからないような……」という方も多いのではないでしょうか。 一般的には物事を心に深く感じ取る[…]
自然に親しむ
日本には昔から四季があり、人々は四季折々の変化を味わってきました。
また、その季節特有の情緒や文化を堪能してきたものです。移りゆく自然の情景は私たちの心をどれほどなごませ、癒やしてきたことでしょうか……。
私たちが自然の恵みを実感するとき、その感動はセンサーのように心に深く記憶され、感性が育まれるようになります。
実は私たちの心の中にあるあらゆる美のイメージ、「美しさ」、「壮大さ」、「清らかさ」、「可憐」等々……は自然の中にすべて含まれていると言っても過言ではありません。
自然とふれあう中で、心が洗われ、癒やされるのはそんなところからきています。
肌に触れる大気や風の心地よさ、柔らかな光の温もりもそうですが、季節ごとに自然が見せる様々な表情が私たちの眠っていた感覚や記憶を呼び覚ますことも少なくありません。
また、自然は心を映しだす鏡のように、そのときの自分が置かれている心境によって大きく印象が変わっていきます。
ですから、自分の感性にピッタリの場所に足を踏み入れた瞬間に、世界が急に開けたような感覚を味わうことは往々にしてあることなのです。
自然は私たちの心の原風景に通ずる何かがあるのかもしれません。
ペットを飼い育てる
動物と戯れたり、可愛がったり……。実際に飼い育てる経験は感性を育むのにとても大きな効果があります。
ご存知のとおり、ペットを育てるにはかなりの根気がいります。そして手間がかかりますよね。しかし、どんなに手間や労力がかかっても、動物好きな人にとってそれは関係ありません。
育てていくうちに面倒をみたり、手間がかること自体が忘れられない思い出に変わっていくのです。それは犬や猫が可愛いいからだけではありません。
猫やワンちゃんが自分とかかわりを持ち、同じ時間を共有するうちに、彼らはいなくてはならない存在になっているのです。
そのとき、もはや家族同然の存在になっていることにもお気づきのはずです……。ですからワンちゃんや猫と別れるときの悲しみは言葉では表現できません。
動物たちの成長や変化とともに、育てることを通して様々な体験をすることは、自分の心の幅を拡げることにもつながっていくのです。
何より生命の尊さを実感し、愛情を深める貴重な体験となることでしょう。
ペットを飼い育てる経験は、愛する喜びを知り、それに伴う苦労も苦労でなくなる……大きな心の財産となるに違いありません。
一人の時間を大切にする
一人の時間を持つのはとても意味あることです。
なぜなら心をリセットするのは、複数の人と時間を共有しているときは困難だからです。
もちろん多くの人と交流し、協力するのはとても有意義なことでしょう。
しかし、心の安らぎは一人でいるとき、自分の気持ちに一切の束縛感がないとき、真に落ちついた状態のときに初めて生み出されるのです。
緊張状態やストレスからの解放
デジタル化時代に突入して、あらゆる意味で時間の流れが速くなってきたように思います。
幸か不幸か、スマホアプリやSNSの進化に伴い、時間や気持ちもそれに縛られるケースが多くなってきました。
様々な場面で、分刻みで行動することが多くなってきたように思うのは私だけでしょうか?
このことは、必要以上に心身にストレスをもたらす要因になっているのです。
そのようなときに絶対に必要なのがストレスから解放された状態をつくること、つまり、誰からも束縛されない時間や空間を持つことなのです。
瞑想する
瞑想は自分の気持ちを整理したり、穏やかにするなどのリセット効果があります。
自分を見つめ、自分と向き合っていくには最良の方法です……。
瞑想といっても、特別なものと考える必要はありません。落ち着ける空間でじっと自分の心に意識を向けるだけでも充分です。
素の自分に戻れる時間をつくりだせるのが瞑想の最大の魅力と言えますね。
忙しい日々の中で、「自分を見つめる」、「自分と向き合う」という時間は一日のどこかで必ずとらなければならないと考えます。
自分の内面を見つめる習慣の蓄積が、精神的な糧になり、翌日からの行動の指針にもなっていくのです。
ウオーキングや散歩
なぜ人は歩くのでしょうか?
目的地に向かうためや運動機能の向上はもちろんですが、歩くことで、様々な身体のバランスをとろうとするのです。
身体を動かすことで、神経や細胞、筋肉、呼吸器官や内臓器官に至るまで身体の機能の調和を図ろうとします。
そればかりだけでなく、歩くことで心のモヤモヤをとりのぞいたり、気分をリセットする効果があります。
また歩くことは、精神的な疲労感をやわらげる効果があります。
疲労困憊のときや体調不良のときでない限り、無意識に道をトボトボ歩くだけでも気分に前向きな変化が現れたりするものです。
歩くことは、人間の基本的な行動動作として、最小にして最大の効果を発揮するともいえるでしょう。
私たちは決まった時間に起き、決まった時間に仕事に行き、帰り、寝る……。ともすれば生活のリズムや行動が同じことの繰り返しになりやすい傾向があります。 一度環境に慣れれば、生活はある程度パターン化するし、それを変えるの[…]
新しいことに挑戦する
一般的に人は変化をできるだけ避けようとし、安定を好む傾向があります。
なぜなら新しいことに挑戦するのは、かなりのエネルギーを必要とするからです。
しかし身体の機能を維持するためには新陳代謝が必要なように、気持ちを上手く切り替えられれば、思わぬ収穫を得られるようになるでしょう。
ポイントは「何かをやってみたい」「挑戦したい」という前向きな気持ちでしょうね!
創作をする
物を作るというのは特別な時間です。
こんな経験はないでしょうか?「外で風景のスケッチをしていたら、気持ちが凄く楽になった…」とか、「絵を描いていたら生活にハリが出てきた」ということです。
創作は私たちの心を能動的にしますし、新たな世界に心の目を開くきっかけを与えてくれます。
たとえば屋外でスケッチをするだけでも、精神衛生上とても大きな効果が期待できるといいます。
それは描くことを通じて、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの五感のすべてをフル稼働させるようになるからなのです。
通常は決まったルールや生活パターンの中で、ごくあたりまえの行動をしようとしますが、絵を描いたり、曲を作ったり…、創作することで意識をリセットし、新鮮な感覚で物事を捉えようとするのです。
交友関係を拡げる
日々の生活に追われると、どうしても会社や学校の人間関係だけで手いっぱいになってしまいます。
限られた環境や空間の中で人と接点を持つのも悪くはありません。
しかし、まったく違った環境の業種の人や普段出会うことがない人と接点を持ち、交友を深めることは私たちの視野を大きく開かせてくれるきっかけにもなります。
ただし注意すべきなのは、深く交流しようとすれば、本質的な部分で気が合う人でないと何かと疲れてしまいますし、様々な心理的ストレスを受けてしまいかねません。
お互いにいい影響を与えて、あらゆる面で成長できる交友関係を築ければベストですね。
環境を変える
引っ越しをしたり、職場を変えたりするときは、自ずと期待と不安が交錯するものです。
そのとき大切なのが、上手く発想の転換ができるかどうかでしょう。
でも、環境が変わることは間違いなく大きく飛躍する可能性を秘めています。
人の役に立つことをする
人の役に立つことと、感性が湧くことと一体どのような関係があるのかと不思議に思われる方も少なくないでしょう……。
でもボランティア活動をしたり、人の役に立っていくことは感性と密接な関係があります。
なぜなら創造性が働かないと、どのように行動し接していくべきか分からないという状況が生まれやすいからです。
そして実体験の中で感じたことや発見が、後々その人にとって大きな精神的な肥やしとなるし力となるのです。
ただし条件があります。それは「嫌々ながらやってもまったく意味がない」ということです。
自分の意志で考えて行動したり、どのようにしたいのか明確なビジョンを持っていることが大前提になります。
家族や友人にちょっとした手助けしたり、気配りをするだけでも構いません。
そうすると、それまでの胸のつかえがとれたり、気持ちが安定することに気づくでしょう。
まとめ
皆さんご承知かと思いますが、感性が芽生える、育まれるといっても、そのための早道や王道があるわけではありません。
ただし、確実に感性を育むのに効果的と思われる条件をあげるとしたら、次の三つになることでしょう。
②一つのスタイルにとらわれない柔軟な発想や行動。
③心を置き去りにしない生活。心が共鳴する、心が通いあうなどの経験の蓄積。