ピアノ協奏曲といえばこれ
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー (1840-1893) ハリコフにて
1893 年、ハリコフにて。モスクワ国立 P. チャイコフスキー記念博物館所蔵。(写真提供: Fine Art Images/Heritage Images/Getty Images)
今さら言うまでもないことなのかもしれませんが、クラシック音楽でチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番ほど絶大な演奏効果が期待できる作品はないかもしれません。
何といっても第1楽章冒頭のホルンの彫りの深い響きをはじめ、豪華絢爛で壮大なオーケストレーションがすべてを物語っていますよね! 鐘を打ち鳴らすようなピアノの音型や響きも圧倒的で、思わず耳をそばだててしまうでしょう。
演奏効果があがることからこの作品はアメリカで大変に人気があるそうです。事実この作品はアメリカのボストンで初演が行われ、大成功を収めたというではありませんか!
酷評された作曲当時
あらゆる世代から幅広い人気を持つピアノ協奏曲第1番ですが、最初から順風満帆だったわけではありません。
最初に献呈しようとした友人のニコライ・ルービンシュタインからは「陳腐で貧弱」とか「演奏不能」と酷評され、最後には「私の意見に従って最初から書き直すべきだ」とまで言われたのでした。
自尊心をひどく傷つけられたチャイコフスキーは若干の手直しを加えて、ボストンの初演を担当したピアニスト兼指揮者のハンス・フォン・ビューローに献呈(結果的にはこの選択が大成功)することにしたのです。
エキサイティングな作品
さまざまな経緯はあったものの、通して聴くとやはりこれは素晴らしい作品です。特に第1楽章冒頭に鳴り響く荘厳で雄大なファンファーレは聴く人の心を瞬間的に捉えてしまいます。
そして終楽章のピアノとオーケストラの手に汗握る絡みは演出効果の秀逸さとともに、最高にエキサイティングなクライマックスを築きあげていくのです!
オーケストラの響きも充実していて、チャイコフスキーらしく堂々としていて立体的な響きを奏でられます。けれどもその堂々とした響きも主役のピアノを最大限に際立たせるための伏線であり演出なのです。
変幻自在さを要求されるピアニストにとってこの曲を満足いくように弾きこなすには気力、体力、テクニックの裏付けが同時に要求され、なまやさしい作品ではありません。
それでも終始ピアノが大活躍し、自在で奔放な表現が可能なこの曲はピアニストにとって今も昔も「弾きたい曲」のナンバー1候補なのです。
この曲でいかにもチャイコフスキーらしいのが第1楽章中間部で長いモノローグを経て、深い憂愁を滲ませるところではないでしょうか。ため息まじりに吐露される憂愁は、いつの間にかこの作品が豪華絢爛に始まったことさえ忘れてしまうほどです……。
しかし、決して深刻にはならず心地良いロマンティズムに支えられ曲は進行していきます。穏やかで美しい抒情に富んだ第2楽章のアダージョを経ると、遂にピアノとオーケストラの掛け合いが絶妙でスリリングな終楽章に達します。
圧倒的な演奏効果とともにここは演奏家冥利につきる経過句が連続しているのです!
聴きどころ
第1楽章 Allegro non troppo e molto maestoso – Allegro con spirito
冒頭ホルンの朗々と吹き鳴らされる響き、絢爛豪華で壮大な響きに思わず息を呑む! その後もドラマチックな白熱や、翳りを帯びたロマンの響きなど、人生の断片を見るような意味深いパッセージが相次ぐ。
第2楽章 Andantino semplice – Prestissimo – Tempo I
美しい情景を仰ぎ見るような安らぎに満ちたメロディ。ささやきかけるようなピアノの音色がたまらない。
第3楽章 Allegro con fuoco – Molto meno mosso – Allegro vivo
協奏曲のフィナーレは「こうあるべき」という要素がすべて注ぎ込まれた快心の作だ!
冒頭のピアノとオーケストラの手に汗握る絡みをはじめ、最高にエキサイティングなクライマックスを築き上げていく。
オススメ演奏
マルタ・アルゲリッチ(P)キリル・コンドラシン(C)バイエルン放送交響楽団
マルタ・アルゲリッチはこの曲を大変得意にしていて、これまでメジャーレーベルから何度もレコーディングしています。しかもそのすべてが名演奏。
よほど曲との相性がいいのでしょう!つまり、即興演奏に強いアルゲリッチの良さはこの曲で最大限に発揮されているのです。
中でも1980年にキリル・コンドラシン=バイエルン放送交響楽団と入れた演奏(フィリップス)は奔放なタッチと繊細優美な音色、最後まで持続する情熱等でこの曲を徹底的に堪能させてくれます!
マルタ・アルゲリッチ(P)クラウディオ・アバド(C)ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
もう1枚アルゲリッチがアバド=ベルリンフィルハーモニー管弦楽団と組んで録音した1994年のライブ録音は、この作品のベストパフォーマンスといってもいいかもしれません。
強力な布陣をバックに揃えてアルゲリッチの変幻自在な表現力、曲の隅々まで深く本質を捉えた洞察力、充実したテクニックは、ますます曲の魅力を浮き彫りにしてくれます。
ライブならではのアルゲリッチの素晴らしさも充分に堪能できると言ってもいいでしょう。
アバドとベルリンフィルの強靭なサポートも見事です。伴奏部分だけでなく、独立した管弦楽パート部分も血が通っていて気迫が充分に伝わってきます!