画家の心を刺激した町
絵のテーマになったレスタクは、南フランス・マルセイユ近郊の港町です。
ここは19世紀後半、多くの印象派の画家たちが風光明媚な街並みや原色のパレットのような海に魅せられて訪れた所でした。
地中海に面してマルセイユ湾が広がっていて、丘陵の素晴らしい背景と、青い海に映える真っ白な街並み、例えようのない光と色彩の美しいコントラスト……。
これは画家たちのインスピレーションを掻き立てるわけですよね……。
特にセザンヌはこの地を愛していて、一時期レスタクに住居を構えながら、10年に渡って20枚ほどの作品を残しています。
その多くはレスタクの自宅から海辺の景色を描き、季節の移り変わりや日の光の移ろうようす、時の流れとともに変わりゆく街の変化を表現したのでした。
セザンヌは1880年頃からパリを離れて故郷のエクスプロヴァンスで創作活動に専念するようになります。この頃から急速にセザンヌの画境は深まったといってもいいでしょう。
レスタクについてセザンヌは、印象派技法の多くを吸収したと言われる画家のピサロに宛てて、このような手紙を書いています。
「青い海の上の赤い屋根…. . . . この村の太陽はとても強く、白黒のトーンだけでなく、まるで青、赤、茶、紫のシルエットが描かれているように見えます」
具象と抽象を兼ね備える
レスタクの青い海とまばゆい太陽の光、家々や緑が織りなす色彩のコントラスト!
絵の格好のモチーフであるレスタクをセザンヌは何枚も描いていますが、派手さはまったくなく、決して見た目の美しい情景とか、劇的な情景を描いているのでもありません。
それは感情を露わにするというより、セザンヌの永年のテーマでもあった、存在する物の本質を再構成するような感覚、物の見方が隅々まで反映されているのです。
画面を支配する柔らかく落ち着いた色調と穏やかな光の存在。見事に計算された構図……。
丹念に描き込まれた画面は穏やかな空気が流れていて、ずっと眺めていても飽きない発見と驚きが連続します。
セザンヌの絵は間違いなく具象絵画なのですが、絵の要素となる抽象的な形の組み立て、色彩や光、構図のトーンは抽象絵画に通じる世界観を持っていたのです。
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キュビズムの原点となる
セザンヌの絵画や描法がピカソやブラックなどの20世紀キュビズムの画家たちに多大な影響を与えたことは有名な話ですね。
図形をひとつの単位として描くセザンヌ独特の技法は、彼らに抽象絵画を深めるヒントを与えたのでした。
「自然をひとつの中心点に向けて、円柱、球、円すいによって表現する」「拡がりを持たせる水平線に対して垂直線は深さを与える」と、若い画家エミール・ベルナールに向けて語っています。
図形には空気感、光の方向性、色彩の配置などの宇宙の法則が宿ることを彼はさまざまなモチーフを使って体現してみせたのでした。