深刻な人種問題をテーマに
ウェストサイド物語はもう半世紀以上前の作品ですが、この映画を初めて見たときの衝撃はいまだに忘れられません。
タイトルバックに続いて映し出されるニューヨーク・マンハッタン。鳥瞰で街並みを追うカメラアングルはやがて街のテニスコートへと切り替わります。
冒頭はセリフも歌もありません。その代わりに前衛的な音楽、シャープで躍動的なダンス、スピード感あふれる映像が、この映画が何を伝えようとしているのかをセリフ以上に強いメッセージとして届けてくれるのです……。
特に、物語の舞台ニューヨークでロケをしたこのオープニングの斬新な試みは注目に値します。ダンスを絡めた動きの緊迫感やスピーディーな展開、迫力は圧倒的ですし、多くの人の度肝を抜いたと言っていいでしょう。
ミュージカル映画といえば、無条件で魅惑のダンスや歌で観客を楽しませ、嫌なことを忘れさせ、ハッピーエンドで終結する極上のエンターテイメントという認識があるのではないでしょうか……。
しかしウエストサイド物語は真正面から社会の根底に渦巻く問題に目を向け、それを高い次元でミュージカルとして完成させたのです。
1961年のアカデミー作品賞をはじめ、11部門を独占した音楽、振付、ダンスの素晴らしさはもちろん、ミュージカルの新しい可能性を切り拓いたパイオニア的な作品だったのです。
あらすじ
舞台はニューヨークの下町、ウエスト・サイド。
この街では、いつも対立する二つのグループが縄張り争いをしていた。リフ(ラス・タンブリン)がリーダーのポーランド系のジェット団と、ベルナルド(ジョージ・チャキリス)が率いるプエルトリコ移民のシャーク団である。
ある日、ベルナルドの妹・マリア(ナタリー・ウッド)はシャーク団のメンバーからダンスパーティに誘われる。マリアはそこで出会った一人の青年と恋におちる。青年は対立するジェット団の元リーダー、トニー(リチャード・ベイマー)だった……。
振付のジェローム・ロビンス
まず最初に触れておきたいのは、ロバート・ワイズと共同監督になり、振付を担当したジェローム・ロビンスの存在です。
ミュージカルが初仕事になるワイズは、ダンスをメインにした振付のシーンに関して、ほぼロビンスに任せっきりだったようです。この映画でのそれぞれの場面に適した、呼吸をするように自然でエネルギッシュなダンスを実現できたのは、ロビンスの入念な振付があったからこそでしょう。
彼はフレッド・アステアに憧れてダンサーを志し、自身もダンサーとして一世を風靡した人でした。
Jerome Robbins: In His Own Words
『ウエスト・サイド物語』のリハーサルでは、憎しみ合うジェット団とシャーク団の対抗心を煽り、よりリアルな感覚を引き出すために、あえて別々のスタジオで振付を行うほどでした。ダンサーたちを役柄に没入させる一つの手段だったのでしょう。
現場でのロビンスは、演技に対して一切の妥協を許さないことでも有名でした。
完璧を求めるあまり、あらゆるシーンの細部に至るまで徹底的にこだわり抜き、リハーサルは納得がいくまで延々と何度もやり直しを命じたといいます。
そのこだわりが災いしたのか、結果的には大幅な予算のオーバーやスケジュールの遅延を生み出してしまい、映画の後半部分では制作現場を去ることを余儀なくされてしまいます。
「人種間の憎しみや闘争」という重いテーマをミュージカルとして仕上げるのは容易なことではありません。まして、それに振り付けるには、テクニックの伝授や意思伝達だけでは及ばない、研ぎ澄まされた感性やセンスが必要になってきます。
一歩間違えれば、安っぽく陳腐な映画になりかねないだけに、新しいミュージカルの制作にロビンスの想いも相当強いものがあったのでしょう。
アカデミックな要素を取り入れながら、必要に応じてどこまでも先鋭的で刺激的な表現も取り入れる……。このように完璧主義でありながら、柔軟な発想で臨機応変にシーンを創りあげられたのは彼の偉大さゆえだったのかもしれません。
音楽のレナード・バーンスタイン
音楽担当のレナード・バーンスタインの存在も忘れられないですね。
バーンスタインといえば、同じユダヤ人としての共感がそうさせるのか、グスタフ・マーラーの交響曲を振ったら本質を突いた解釈や演奏で世界一と言われた人です。
ニューヨークフィルやウイーンフィルと共にベートーヴェン、モーツァルト、ショスタコーヴィチなどの作品でも数多くの名演奏を残した世界的な指揮者でした。
またピアニストとしても一流、学生のための音楽教育や啓蒙にも力を注ぐなど、精力的な音楽活動は一般の評価もすこぶる高かったのです。
作曲家としての側面も忘れるわけにはいきません。オペラ「キャンディード」や「エレミア交響曲」などのオリジナル作品を残し、20世紀の音楽シーンに少なからず影響を与えたのでした。
ウエストサイド物語の作曲に着手したのは1946年で、ブロードウェイミュージカルの公演に向けて作曲を開始したのが最初でした。
「トゥナイト」、「マリア」、「somewhere」など、オペラのアリアを想わせるしっとりとした名曲もあるかと思えば、「アメリカ」、「I Feel Pretty」のようにエスニックでリズミカルなものや、「プロローグ」、「ジェットソング」のような先鋭的なものもあり、実に多種多様なのです。
こうしてみると、シーンごとに性質の違う音楽を創りあげたバーンスタインの、ストーリー展開を深く読む才能や懐の深さに感心してしまいます。
名場面、音楽ナンバー
The Jets Own the Streets
この映画のオープニングは今でも語りぐさになるほど有名ですね。
セリフも歌もほどほどに、延々とリアルで緊迫感みなぎるダンスシーンやスピード感あふれるカメラワークが展開し、見る者を釘付けにします。
Maria
トニーがマリアの名前を何度も連呼しながら、募る想いを歌う愛のナンバー。
America
マリアを束縛するベルナルドを見て、
バイタリティあふれるラテンリズムのダンスが見事です!
Tonight
ダンスパーティーの出会いが忘れられないトニーが、マリアのアパートを訪ねるシーン。
トニーとマリアが愛を確かめるように歌い交わす「トゥナイト」は映画史に残る名曲中の名曲。オペラの愛のデュエットのような至福の時が流れていきます……。
I Feel Pretty
マリアが仲間たちに「決闘は中止よ。今夜は私たちの結婚式」と告げ、デートの準備をするシーン。
マリアが陽気に歌い踊る姿が印象的です。しかしこの時すでに起こっていた現実を知らない事が、逆に悲しみを誘います。
Somewhere
ジェット団とシャーク団の争いの仲裁に入ったはずのトニーでしたが、思わぬなりゆきでマリアの兄ベルナルドを殺害してしまいます……。
マリアのもとに現れたトニーはすべてを話し、自首しようとするのですが、マリアは「お願い、私から離れないで。ずっと一緒にいて」と言うのが精一杯……。
「わたしたちのための場所が、きっとどこかにある」と歌う、二人の想いを代弁する切なく美しい音楽が胸に響きます。