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ライブこそ真価が発揮される協奏曲
ジャナンドレア・ノセダ率いるジュリアード管弦楽団とラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番ニ短調」を共演するコルトン・ペルティエ(Photo by Hiroyuki Ito/Getty Images)
皆さんは期待に胸を弾ませて行った演奏会で、イマイチ音楽の良さを感知できずに終わってしまったとか、もどかしい思いをしながら聴いていると何が何だか分からないうちに演奏が終わってしまった……、というご経験をされたことはありませんか?
私にとって初めて聴いたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏会がまさにそれでした。
彼の有名なピアノ協奏曲第2番がロマンの固まりのような情緒と哀愁に彩られた名曲であるのに比べ、この曲はかなりとっつきにくいという印象を受けたものです。
突発的なフレーズが頻出したり、調が変わったりして曲の流れがつかみにくく、音楽の脈絡を追っていくのが大変だ……というのが偽らざる実感でした。
実際この作品は1909年の初演以来、長い間市民権を得られずに不当な扱いを受ける時期があったようですね。
この作品が一般的に広く知れわたるようになったきっかけは、1958年から開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールでした。
ピアノ部門の第1位となったヴァン・クライバーンが本選で演奏したのがこの曲だったのでした。その後クライバーンは当時定着し始めたステレオ録音でこの曲の収録が実現します。
コンクールの優勝曲とステレオ録音による収録! このことでたちまちピアノ協奏曲第3番は陽の目を見ることになったのでした。
圧倒的な演奏の醍醐味!
セルゲイ・ラフマニノフ(1873-194!)
(Photo by PALM/RSCH /Redferns)
(Photo by PALM/RSCH /Redferns)
ヴィルトゥオーゾ(圧倒的なテクニックと表現力で聴衆を魅了する超一流の演奏家)でなければ容易に弾きこなせないテクニック的な難しさや曲の難解さが、このことにますます追い打ちをかけたことも間違いないようです。
ではこの作品は失敗作なのかというと、決してそんなことはありません。
上述したヴィルトゥオーゾ的な醍醐味を味わえるのはもちろん、音楽の持つ多彩な表情や緊張感、エネルギーは傑作第2番を越えていると言ってもいいでしょう。
その上、第1楽章全体に流れる寂寥感は凍てつく冬の大地を想わせ、ラフマニノフらしい哀愁とロマンを湛えているのです。 また、第2楽章アダージョ冒頭の郷愁を誘うオーボエの美しい旋律は悲哀に満ちていて、憂鬱でやるせない想いが胸にひたひたと迫ってきます…。
第3楽章は第2楽章から切れ目なく演奏されますが、ここではあらゆるフレーズが奔放に飛び交います。なりふり構わぬピアノとオケの絡みがフィナーレに向けて怒濤のように押し寄せる様子が圧巻です!
この曲はCDで聴くよりも、絶対的にライブコンサートで感動と興奮を味わうべきでしょう! まさにライブ向きの音楽だと断言しても決して過言ではありません。
私のような失敗例はありますが、演奏会に行く前に、何度もCDを聴いて音楽の良さを実感出来れば、痺れるような感動体験が待っているかもしれませんね……。
揺るがぬ自信を持つピアニストが太刀打ち可能
前述したようにこの曲はピアニスト泣かせの難所が少なくありません。
特にピアノパートのおびただしい音符の数は唖然とするほどで、まるでピアノ一台で全体の曲調を創りあげ、歌い、呼吸をするように聴こえるほどなのです。
したがってこの曲を演奏するピアニストは技巧的にも精神的にも揺るがぬ自信と確信を持った人でなければ太刀打ちできないということになるでしょう……。
聴きどころ
第1楽章・Allegro ma non tanto
ピアノ協奏曲第2番の第1楽章のように冬の凍てつく荒野を想わせるロマン溢れる主題が印象的! ピアノは抒情的な旋律を繰り広げるオケをバックに自由自在に飛翔する。
第2楽章・Intermezzo. Adagio
オーボエを絡ませた哀愁を帯びた第一主題が胸に染みる。中間部ではひとときの安らぎを垣間見せるが、それも長くは続かない。
第3楽章・Finale. Alla breve
圧倒的な演奏効果で聴くものを興奮のるつぼへと誘う! ピアノは第1楽章同様に、自在なパッセージや和音が健在で、その勢いがピークを迎えるとき、オケと共に輝かしいフィナーレに到達する。
オススメ演奏
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、リッカルド・シャイー指揮、ベルリン放送交響楽団
チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番/ラフマニノフ:第3番
マルタ・アルゲリッチのピアノが強烈な印象を残す1982年のライブ演奏です!
この録音はライブの持つ雰囲気、良さがあらゆる面でプラスに発揮された見事な録音ですね。
アルゲリッチの演奏はまるでアドリブのように、瞬間瞬間に音楽に意味深い表情を与えていき、深い感情移入を伴う空前絶後の演奏を成し遂げています。
しかも驚くほどに自由自在な表現、呼吸をするように有機的で自然なテンポとリズムを刻むピアノのタッチが作品の魅力を何倍にも膨らませてくれます。
シャイーのタクトもアルゲリッチにしっかりつけ、エキサイティングな演奏を実現しています。
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)、ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)、ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤルコンセルトへボウ管弦楽団(Decca)は作品の本質をどの演奏よりも分かりやすく、かつラフマニノフ3番の音楽の魅力を損なうことなく最大限に伝えてくれる演奏といっていいでしょう。
アシュケナージの端正で雄弁な音の佇まいとロイヤルコンセルトへボウの豊かなハーモニーは聴いていて安心で、ラフマニノフらしいロマンの香りが至る所で鳴り響いているのです。
これは3番を聴き始めた方にとっても、また難しいと思っている方にも、その魅力に気づかせてくれる水先案内人のような名盤と言えるかもしれません。
ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)、ユージン・オーマンディ指揮ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団
ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)、ユージン・オーマンディ指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団(RCA)は今や歴史的な名演奏として、多くの人に語り継がれている名盤です。ホロヴィッツはこの曲を「自分の音楽だ」と豪語し、ピアニストでもあった作曲家(ラフマニノフ)が、その演奏に一目置いていたということは有名なエピソードですね。
これは揺るがぬ自信と確信を持ったピアノ演奏の最たるものと言えるでしょう。1977年のライブのため鮮度にやや欠けるのが欠点ですが、ホロヴィッツの奔放で凄みのあるピアノは今聴いても圧倒的です。
ユジャ・ワン(ピアノ)ドゥダメル指揮ベネズエラ・シモン・ボリバル交響楽団
ユジャ・ワン(ピアノ)、グスターボ・ドゥダメル指揮ベネズエラ・シモン・ボリバル交響楽団(グラモフォン)もライブ演奏ですが、音も良く、充分にその興奮と緊張感が伝わってきます。
ワンのピアノは技巧的に非のうちようがありませんし、ドゥダメルの指揮も冴え渡っていて、終始熱い想いが伝わってくるのです!