聖書の情景を見事に再現
この絵(エッチング)は新約聖書のルカによる福音書2章8節~20節で、キリスト誕生にまつわるエピソードをドラマチックに描いたものです。
夜中に羊飼いたちが、キリストの誕生を告げに来た天使たちに遭遇し、そのまばゆい光景にあまりにも驚いて身動きできない様子が描かれています。
レンブラントは非日常の神秘的かつ劇的な光景を見事に表現したのでした。
ルカによる福音書 2:8-20
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。
あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、 地には平和、御心に適う人にあれ。」 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。
そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。
新共同訳: Seisho Shinkyoudoyaku
この作品を見てまず驚くのが、レンブラント自身の油絵のように重厚で深みのある表現がエッチングという難しい技法で実現されていることですね……。
これが本当にエッチングなのかと思うほど、並大抵ではない密度の濃さと表現力に唖然とします!
レンブラントのエッチング
絵画について少々詳しい方であれば、レンブラントのエッチング(版画)のクオリティがどれほどのものであったかはよくご存じでしょう。
レンブラントが初めてエッチングの創作にとりかかったとき、それは既に時代に取り残された衰退気味の技法でした。
しかし彼はエッチングを前例のない高みへと引き上げたのです…。エッチングの眠っていた可能性を発見し、無限に引き上げたといってもいいでしょう!
『羊飼いの前に現れた天使』は、レンブラントが版画家として、どれほど深い精神性、卓越した表現力の持ち主であったかを示すに充分な傑作でした。
エッチングの制作をするとき彼は、暗い部分から前景の光に向けて入念な作業を行っていったようですね。
クロスハッチングのさまざまな幅の線を交差させることで灰色から深い黒まで無数のトーンの濃淡を表現しているのです。その生き生きとした芸術的で精緻な描写が目を釘付けにします。
油彩やフレスコ画などで夜景が描かれることはあっても、エッチングでこれほど劇的な光と影に覆われたシーンを表現するのは例のないことでした。
レンブラントは創作に入るとき、モチーフやテーマに深く没入することを常としました。格調の高さを獲得し、途轍もなく深い表現を生み出したように、このエッチングの制作でもそれはまったく変わっていません。
三本の木
1634年作の「三本の木」はレンブランのエッチングの代表作であり、強い印象を残す風景画の傑作です。
この絵は、ドライポイント、エングレーヴィング、エッチングなどの版画のさまざまな技法を駆使しています。
線の深さやスピード感、勢いの変化、斑点模様などを加えるなどして、実に多彩で奥行きのある空間を生み出したのでした。
そして大気や風の流れ、木の葉が風に揺れる臨場感などが自然の躍動感を巧みに表現しているのです。
丘の上でスケッチしている画家、左下のカップルなど、随所に人間味を加えつつ、この風景に生命を吹き込んでいます。
ここでドライポイント、エングレーヴィング、エッチングなどの版画の技法がどのようなものかをご覧いただきましょう。
版画の技法
MAU造形ファイル
アートとデザインの素材・道具・技法 http://zokeifile.musabi.ac.jpドライポイント
エングレーヴィング
エッチング
病人たちを癒すキリスト
「病人たち…」は新約聖書マタイ伝第19章でキリストが病に悩む人々を癒したエピソードを中心に描かれています。
ここでもドライポイントやエングレーヴィング、エッチングなどの技法の粋を尽くして驚くほど神秘的な効果、美しく柔らかなトーンを引き出して観る者をグイグイ惹きつけます。
特に最も暗い部分からハイライト部分までの無数の階調が物語るドラマチックで静謐な世界……。
それはレンブラントだけが持つ稀有な精神世界を示しているようで見事です。
圧倒的な情報量、画家の息づかいを感じる生き生きとした線の表情、ストーリー性があり、気品と情緒漂う画面……。どれをとっても版画芸術の粋と言っても過言ではありません。