初めて批評家から絶賛された作品
画家という職業は本当に難しい職業です。
近代・現代を代表する大巨匠ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは存命中に売れた絵は数えるほどしかありませんでした。しかも経済的な困窮状態から抜け出すことができず、精神的な理解者にも恵まれないまま不遇のうちに世を去ります。
しかし、今やゴッホの絵は市場に出まわると驚くほどの高額で取り引きされますし、絵の価値は誰もが認めるものとなっています。
そのゴッホが尊敬していたミレーも、長い期間不遇の時代を過ごさなければならなかったのでした。
画風こそ違えど、ゴッホの「種まく人」はミレーの「種まく人」がモデルになっているのをご存知の方は多いでしょう。
二枚の絵はどちらも人物の強い存在感やそれを受けとめる大地のエネルギーを感じる強い絵であることを感じるに違いありません。
大地に根ざして生きる人々の真摯な姿
ミレーは当初パリを活動拠点としていましたが、街の空気になかなか馴染めず、生活のために描いた数々の肖像画や風俗画が誤解を生むなどして、かえって精神的に追い込まれることになります。
さらに当時のコレラの大流行や世相の変化によるパトロンの喪失で、いよいよパリでの暮らしに行き詰まったミレーは南郊の村バルビゾンに移住することを決めます。
結果的にこの決断は、ミレーの潜在的な才能や真価を発揮するきっかけとなったのでした。
バルビゾンはミレーにとって心許せる確かな場所でした。何よりここに住む農民たちの「生身の人間」として生きる姿や雑音に惑わされず、心の音色に耳を傾けられることに最大の魅力を見いだしたのでしょう。
ミレーは作家でパトロンだったサンチェに「私が知る限りで最も楽しいものは、森や田園でかくも心安らかに享受できる静寂と沈黙なのです」と書き記しているのです……。
バルビゾンでは誰もが知る「落穂拾い」や「晩鐘」などの名作が続々と描き上げられましたが、決して批評家の評価は芳しいものではありませんでした。
そのような中で1864年のサロンに出品された「羊飼いの少女」はあらゆる層の人々から手放しで絶賛されたのでした。
ミレーの画家としての評価は、これを境に急速に上昇するようになります。
「羊飼いの少女」は時間が止まったかのような美しく叙情的な描写になぜか心惹かれますね……。ミレーの絵によく描かれる反逆光の光は日暮れが刻一刻と近づいていることも伝えます。
草を食む羊の群れを照らす柔らかな光が郷愁を呼び起こします。そして、季節は晩秋から冬の初めなのでしょうか。寒空の下に立ちつくす少女の健気な姿が愛おしくてたまりません……。
拡がりを感じる構図・真の静寂
この絵を見てまず気がつくのが、どこまでも果てしなく拡がっているように感じる空間を作り出していることです。
それから空間の見せ方(演出)の素晴らしさです! あるべきところに気持ちよく配置された快適さ、爽快感とも言えるかもしれません。
後方に果てしなく拡がる水平線、そして草原。その前方に群れを成す羊たち……。安定した水平構図(赤い罫線部分)と放射線構図(青い罫線部分)が絶妙に調和を保つ中で、画面全体に拡がりのある気持ちのいい空間が生み出されています。
そして得も言えぬ静寂感です。
静寂とは無ではなく、決して寂しいモノトーンの世界ではありません。心からの安らぎや静寂の中にこだまする祈りの感情であったりするのです。
余分な要素を極力排除することで、少女の清らかな姿と美しい背景との対比で、唯一無二の静寂を生み出したミレーの力量はやはり並大抵ではありません。