心揺さぶる瞬間を絵に表現
これはモネが、公私ともに充実していた時期に描かれた絵です。
モネは日傘をさした女性のシリーズを何枚も絵に留めていますね。このようなシチュエーションをよほど気にいっていたらしく、いずれも生き生きとした作品になっているのです。
その中でも「日傘の女・左向き」は、モネのインスピレーションや技法の面白さが結実した傑作中の傑作と言えるでしょう。
晴天で風が気持ちよい日なのでしょうね。
いくぶん強めの風が女性のドレスの裾やネッカチーフを揺らし、光が身体やパラソルを燦燦と照らしているのも伝わってきます。
空中で風が舞っているのでしょう……。
空の動きは素早い筆致で描かれており、風の方向や強さが眼前に浮かんでくるかのようです。
美しい思い出が甦る
「日傘の女」のモデルは知人のシュザンヌ・オシュデと言われています。
この絵には発想のもとになった出来事や絵がありました。
それが、7年前に世を去った妻カミーユとの美しい思い出なのです。
この絵の10年ほど前に描かれた「散歩、日傘をさす女」は妻カミーユと息子ジャンがモデルでした。「左向き」と同じように、晴れ渡って風が強い日だったようですね。
二人の満たされた表情からも、モネ共々どれほど幸福な時間を共有していたのか……、というのが伝わってくるようです。
あの時と同じシチュエーションで…という機会をモネも待っていたのでしょう。
しかし「日傘の女」では、モデルの表情は詳細に描かれていません。
10年という歳月の中で、モネの画風も大きな変貌を遂げていたのです。
後に印象派の旗頭となったモネですが、既にこの時から自然が垣間見せる美や調和に心を奪われていたのかもしれません。
凄腕のカメラマンのよう
「日傘の女・左向き」はご覧のように、下から見上げるような位置で描かれています。
そのため絵が広角に拡がりが出て大きく見えます。自然の光景や移り変わっていく状況を美しくドラマチックに見せていますね。
構図の素晴らしさだけでなく、色彩のハーモニーも見事です。
まだ写真の技術が一般的に普及していなかった19世紀後半は、絵画のみが現場の雰囲気を伝えられる貴重な表現手段だったのかもしれません。
もしモネが現代社会に生きていたとすれば、凄腕のカメラマンとして大成功したかもしれません。構図の決め方、色彩の美しさはもとより、カメラの絞りやシャッタースピードにも徹底的にこだわったでしょうね……。
風景や女性を被写体にして驚くような美しい写真を撮影する凄腕のカメラマンになっていたのではないでしょうか……。
「日傘の女」の、その場に居合わせたかのような空気感、臨場感を表現することは決して簡単なことではありません。
モネのあふれるようなイマジネーションや感性、的確な観察力や構成力によってこそ、可能となったと言えるでしょう。