哀しみの奥に潜む微笑 レンブラント『ヘンドリッキェの肖像(1654)』   

 

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引き込まれる肖像画

《ヘンドリッキェ・ストッフェルス》
1652年頃、油彩・カンヴァス、740 x 610 mm
ルーヴル美術館/© 2006 Musée du Louvre/ Angèle Dequier

あれは1980年代後半のことでした。
都内でレンブラントやバロック絵画関連の展覧会が開催されていた時の事です。

私はそこで今も忘れられない絵との出会いをしました。

絵のタイトルは思い出せません。はっきりしているのはバロック絵画の巨匠、レンブラントによる老人の絵だということです……。
その絵を見ながら、他の絵はいつの間にか視界から消えていることに気がつきました。

もはや他は眼中になかったと言っていいのかもしれません。

絵として強烈なインパクトがあるわけではなかったのですが、じっと見ているうちにその絵の中にグイグイと引き込まれ、絵が人生の哀歓を滔々と語りかけてくる感覚を味わったのです。

何かをぐっと堪えているような老人の表情からは、確かに人生の重みや精神性が強烈に伝わってきたのでした。

 

激動の人生と二人の女性

『テュルプ博士の解剖学講義』1632年・油彩 マウリッツハイス美術館

1632年、『テュルプ博士の解剖学講義』で、これまでにない画期的な画法を編み出したレンブラントは、すでに新進気鋭の画家としてオランダ国内で注目の存在となります。

1634年に名家の娘、サスキアと結婚すると、一躍人生の絶頂期を迎えます。サスキアはレンブラントの絵のモデルもたびたび務め、公私ともに彼の良き理解者だったのでした。

一時は自らの工房に50人ほどの弟子たちを集めたレンブラントでしたが、幸福な時も長くは続きません。

サスキアとの間に生まれた子たちは次々と早逝し、サスキア自身も29歳で亡くなってしまいます。

サスキアの死から、レンブラントの人生は次第に歯車が狂ってきます。

より芸術の至高の境地を追い求めるレンブラントとは裏腹に、画商や評論家との意見の対立、顧客との契約の不履行など様々な逆風が吹くようになります。

自らの作品に反映させる資料として購入した美術品や工芸品などは数知れず、収入が大きく減ってもその習慣は変わることがありませんでした。

それが晩年の家計の破綻を招く要因にもなったのです。

そして乳母として雇ったヘールトへは彼の心の支えになることはできず、ますます八方塞りの状態になってしまうのです。

そのような絶望の境地にあったレンブラントの心を解放したのが、家政婦として住み着いたヘンドリッキェでした。

レンブラントが制作した絵の変遷を見ると、サスキアがレンブラントの絵の萌芽を後押しし、それを開花させたとすれば、ヘンドリッキェは彼の絵を一層の高みへと押し上げたと言えるのかモしれません。

 

晩年のレンブラントを支え続ける

REMBRANDT HOUSE (149)
REMBRANDT HOUSE (149) / bertknot 
レンブラントが1639年から住んでいた家。現在は美術館・博物館

 

『ヘンドリッキェの肖像』も決して何かをアピールしたり、特別な効果を狙っているわけではないですね。

しかし、すべてを包み込むような深い精神性や温もりのある筆のタッチは私たちの心を惹きつけてやみません。

ヘンドリッキェがどれほど温厚で愛情に満ちた人だったのかは、この絵がすべてを物語っています。

レンブラントと最も苦しく辛い時を共に過ごし、彼の心の重荷をやわらげたのがヘンドリッキェだったのでした。

何度見ても、何時間見ても汲めども尽きない泉のように、新たな感動に心が震える絵とはこのような絵のことを言うのでしょう……。

憂いに満ちた深い眼差しは、いったいどこに向けられているのでしょうか……。

その表情はかすかに笑みを浮かべているようにも見えますが、言いしれぬ哀しみをじっと耐えているようにも見えます。

しかし、その一方で澄んだ瞳の奥からは、穏やかな優しさがにじみ出ているのも忘れることができません。

 

レンブラントはこの澄んだ瞳に幾度も救われ、あの崇高な芸術を生み出すことがてきたのでしょうか……。

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この記事を書いた人

1961年8月生まれ。グラフィックデザインを本業としています。
現在の会社は約四半世紀勤めています。ちょうど時はアナログからデジタルへ大転換する時でした。リストラの対象にならなかったのは見様見真似で始めたMacでの作業のおかげかもしれません。
音楽、絵画、観劇が大好きで、最近は歌もの(オペラ、オラトリオ、合唱曲etc)にはまっています!このブログでは、自分が生活の中で感じた率直な気持ちを共有できればと思っております。

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