いつまでも眺めていたい絵
一言で言えば、「癒やされる絵」ですね。
ミレーの「春(ダフニスとクロエ)」は東京・上野の国立西洋美術館の常設展示コーナー(松方コレクション)にある油彩画です。
私が初めて西洋美術館を訪れた時から夢中になり、絵の楽しさを知るきっかけになった懐かしい絵です。
古典的な様式に沿って描かれた絵で、ミレーの絵としてはサロンに出品する絵に比べると、深さや斬新さでは一歩譲るかもしれません。
しかし、彼らしい牧歌的な雰囲気に満ち満ちていて、ダフニスとクロエのやりとりからは初々しい感動が伝わってくるではありませんか……。
そして、こんなに嫌味のない絵はそうそうありませんね。明るい色調と優しい筆のタッチが、一層その想いを強くします。
1865年、バルビゾンに移住して15年が経過していたミレーは、農民の生活を題材とした質の高い絵をたくさん輩出し、画壇の注目の人となっていました。
そんなある日、友人の建築家フェイドーから彼が設計した銀行家の邸宅の装飾パネルを依頼されたのです。
それは「四季」をテーマにした4枚の連作を描いてほしいというものでした。
銀行家邸宅の連作として
「四季」の連作として描かれたこの絵は、壁や空間を単に埋めるような絵ではありませんでした。
どれもこれも生き生きとしたメッセージがあり、特に「春」は瞬時にして見る人を別世界に誘うような雰囲気があるのです。
この絵を見ると気分が知らず知らずにやわらいでいくのを感じますね。
それだけでも邸宅に飾る絵として、充分すぎるほど役割を果たしていると言ってもいいでしょう。
こんな絵に囲まれて暮らせるというのは本当に羨ましい限りですね……。
牧歌的な喜びが絵を包む
この絵の魅力はまず構図が素晴らしいことでしょう。
まず、絵の中央に位置する三角形の構図が抜群の安定感を生み出しているのです。それだけでなく、二人のやりとりの中にある小刻みな三角形の構図が、安定感の中に微妙な変化を創り出しているのです。
安定した構図に支えられ、春の穏やかな光に映えるダフニスとクロエはまるで自然界からも祝福されているように映りますね。
自然の中で静かに展開する二人のやりとり、その光景は無邪気で微笑ましく、平和の詩を垣間見るかのようです。
何よりも素晴らしいのはミレーがこの絵を愛情をこめて丹念に描いていることでしょう。
その想いが美しい肌色、柔和な色彩等から伝わってきます。
ミレーの絵に対するひたむきで純粋な思いが感じられる愛すべき作品と言えるでしょう。