旅の途上の作品
モーツァルトが1777年9月から1779年1月までの約1年4ヶ月を費やしたマンハイムからパリへの旅。
この旅はモーツァルトに大きな心の傷を残す失意の旅となったのでした。
求職活動はことごとく失敗に終わり、片思いに似た失恋を経験し、ついには旅の道中で最愛のお母さんも亡くすことになります。
この旅の途上、マンハイムでは2曲の美しいクラヴィーア・ソナタが誕生します。
ハ長調 K309と ニ長調 K311です。
限りない優しさが心に迫る
K311の魅力を一言で表現するのはなかなか難しいですね。
聴きどころ
第1楽章 Allegro con spirito
冒頭の伸びやかで風に舞うような旋律が印象的。それはレガートとスタッカートの下行音型を効果的に使い分けていることも大きい。
音楽は途切れることなく、泉のように湧き上がるメッセージ性に満ち満ちている。
第2楽章 Andantino con espressione
無邪気な微笑み。揺れ動く心。永遠の安らぎ……。モーツァルトのアンダンティーノはどうしてこんなに美しいのだろう?
まるでモノローグのように……、そして大切な人に寄り添うように語りかけるピアノの哀しいほどの美しさが胸に迫る。
左手の伴奏が素晴らしい中間部のこぼれる涙も印象的。
第3楽章 Rondeau -Allegro
序奏なしで物語の始まりのように開始する第1主題がとてもチャーミング!
愛らしい主題と変則的なリズムが、形や性格を変えつつ音楽が発展していく。後半に置かれたカデンツァが物思いにふけるような余韻を残して終了するのも印象的。
オススメ演奏
リリー・クラウス/Piano(CBS)
リリー・クラウスが1967年、68年にCBSに録音したモーツァルトのピアノソナタ集は名盤として、今も多くの人に愛聴されています。
特にこのK311は見事な演奏ですね!
小手先でそれらしく弾くという感じがまったくなく、曲の核心に深く入って演奏しているのが伝わってきます。
温もりのあるフレージング、明快なピアノのタッチ、実在感のある音の響き、どれもが高い次元で結晶化し、モーツァルトの本質を表現しているのです。