時代を超えるモーツァルト
18世紀のフランス・ルイ王朝時代というと、真っ先に思い出されるのが絢爛豪華な装飾美です。そのような宮廷や貴族文化を彩ったのがロココ芸術でした。
絵画ではフラゴナール、プーシェ、ヴァトー、ラ・トゥール、音楽ではクープラン、ラモー、スカルラッティなどの大芸術家たちが珠玉の美を競い合っていたのです。
そのようなロココ芸術全盛期の中でも、モーツァルトの才能は特別だったと言うべきでしょう……。
確かにモーツァルトも例にもれず、ロココ調の音楽スタイルを採り入れているため、優雅で上品な音楽をつくった作曲家と思われがちです。
もちろん、優雅さも彼の持ち味の一つかもしれません。しかし、彼の魅力がそれでないことは音楽を聴けば明らかでしょう。
むしろ、モーツァルトの真価はエレガントな情緒の奥に潜む孤高の魂であったり、微笑みの裏に隠された涙であったり……。痛切に心にしみるメッセージの輝きなのですよね。
ロココ調の衣装を羽織っているものの、中身は時代の枠を超えた天性の音楽家、珠玉の愛のメッセンジャーだったのです。
エレガントな魅力が光る作品
モーツァルトのピアノソナタK333はロココ調スタイルを、自分の個性や音楽スタイルに引き寄せたエレガントな曲調がたまらない魅力の作品です。
さまざまなパッセージの転調や分散和音などの複雑な進行があるのに、音楽にいっさい破綻が生じない天性の音楽性、構成の見事さも見逃せません。
そして忘れてはならないのが、鼻歌交じりで微笑むように語りかける愛の旋律でしょう。
モーツァルトらしい無邪気な微笑みは、頑なな心の鎖をときほどくかのようです……。
K333の魅力の本質はまさにここですね。
第1楽章は構えたところがまったくなく、次々にあふれ出す多彩で表情豊かな音楽にぐんぐんひきこまれます!
第1楽章と第3楽章の軽やかでリズミカルな音楽センスや生気に満ちた音のフレーズ…。
第2楽章の優しく美しい旋律が、ゆるやかな時の流れを愛おしむように弾かれるのも印象的です。
聴きどころ
第1楽章 Allegro・変ロ長調
流れるように次々に繰り出されるテーマの魅力! いっさい停滞することなく音楽は微笑みながら躍動し続ける。
第2楽章 Andante Cantabile・変ホ長調
美しく抒情的な第1主題が印象的。夜空の星の光を集めたような右手の美しい旋律と、穏やかに漂うように奏でられる左手のリズムが夢見るような瞬間を描き出す。
第3楽章 Allegretto grazioso・変ロ長調
愛らしいテーマと次々に繰り出すパッセージが美しい表情を次々と浮かび上がらせる。
オススメ演奏
リリー・クラウス(ピアノ)
既に録音から半世紀以上が経過しましたが、リリー・クラウスのステレオ録音(CBS)は今なお色褪せることのない圧倒的な名演奏です!
この曲を柔らかいイメージで表現しようとすると軟弱な演奏になりやすく、曲の魅力が半減してしまいます。しかしクラウスにはそういう心配がまったくありませんね。
シャープで締まった造型と自信に満ちたタッチ、感性のひらめきに基づく豊かな音色は魅力いっぱいです。
1956年のモノーラル盤(EMI)も秀逸な演奏で、クラウスのこの曲との相性の良さを実感します!