ピアノコンクールの花形「月の光」
大抵の大作曲家には代名詞のような口ずさめる音楽があるものです。
たとえばベートーヴェンであれば交響曲第5番「運命」冒頭のジャジャジャジャーンでしょうし、モーツァルトであればピアノソナタのトルコ行進曲がそうでしょうし、ショパンであれば「英雄ポロネーズ」がそれにあたるでしょう!
ではドビュッシーといえば何でしょう…。
やはり「月の光」でしょうね。ドビュッシーといえば「月の光」、「月の光」といえばドビュッシーというくらい「月の光」は定番ですし、幅広い年齢層に人気があります。
そして女性ピアニストにとっては一度はリサイタルで披露したい曲の一つにもよく挙げられています。ピアノコンクールの花形にもなっていますよね。
実は「月の光」はドビュッシーの初期の作品「ベルガマスク組曲」3曲目のナンバーなのです。
洗練された優雅な曲調が耳に優しいし、リリシズムを漂わせながら夢幻に広がる音の情景は美しいの一言です!
中間部では美しい旋律に郷愁と哀しみが絡み、さらに曲の情緒が深まっていきます。
聴きどころ
『ベルガマスク組曲』はドビュッシーが音楽スタイルを本格的に確立する以前の作品とよく言われます。
音楽の形式はバッハやヘンデル、ラモー、クープランのようなバロック音楽スタイルを踏襲しています。プレリュード、メヌエット、パスピエなどはその名残なのでしょう。
「先人たちや大作曲家からの影響が濃い作品だ」と言われたり、後年の傑作『前奏曲』や『映像』、『版画』と比べるとやや軽視される傾向もあるようです。
しかし、その音楽はまぎれもなくドビュッシーでしか作れないもので、透明なハーモニー、色彩的なニュアンスや洗練された音色は魅力に満ちあふれています。
聴けば聴くほどに味わいが増す名品と言えるでしょう。
第1曲 「前奏曲」
自由でとらわれのない旋律が生み出す光と影のコントラスト、そして透明な色彩のハーモニー!何という詩的な情感の美しさであり、感覚的な冴えでしょう!
第2曲 「メヌエット」
洗練されたリズムやメロディは優しく頬を撫でる風のように心地よく、聴いているうちに懐かしい子守歌のようにさえ響いてくるではありませんか……。
第3曲 「月の光」
優雅で繊細、そして哀しみを堪えて綴られるメロディにひたひたと切なさがつのってきます。
第4曲 「パスピエ」
神秘的な色調の音に隠れる何とも言えないエレガントな旋律の魅力に心惹かれます。
オススメ演奏
ミシェル・ベロフ盤
プレリュードから音色の柔らかさと自然なフレージングに惹きつけられます。それは全編に渡って言えることで、センス満点の表現と無理なく作品の本質を引き出した音楽性は見事です。
アリス・紗良・オット盤
独特のリズムとタッチが印象的ですね。曇り空に浮かぶ叙情という感じで、ウエットな表情が一貫していてスムーズに音楽は流れません。しかし、そのぶん深いアプローチで、さまざまな角度から音楽の醍醐味を伝えてくれます。
モニク・アース盤
録音年代は古い(1970年)ですが、素直な弾き方と飾り気のない透明なアプローチがこの作品にはぴったりで、気品と愉悦感が音のあちこちから香り立つようです。
パスカル・ロジェ盤
光と陰を映し出し、心の内面を見つめるような踏み込んだ表現や音の響きが印象的です。
サラッと流すのではなく、一音一音にゆとりや余韻があり、心の栄養となって染み込んでいくようです。あらゆる部分の造形やリズム感も抜群で、安心して聴ける演奏と言えるでしょう。