壮絶な心の軌跡・ピアノソナタの傑作 ベートーヴェン『熱情』

苦難と向き合い傑作が誕生

 

1805年に作曲されたベートーヴェンのピアノソナタ第23番ヘ短調『熱情』は音楽史上あらゆる面で規格外な傑作です。

超絶的な技巧を必要とし、それまでのピアノの性能を超えた音域や音色、大胆な構成、火の出るような感情表現は当時の音楽界、ピアノ演奏に革命的な変革をもたらしたのでした。

この作品を発表する数年前のベートーヴェンはどん底ともいえる深刻な状況に襲われていました。

音楽家にとって生命線ともいうべき聴覚が失われて、どうにもならない状態に陥っていたのです。

人生に絶望し、弟のヨハンとカールに宛てた手紙、有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年)をしたためたのもこの頃です。そこには彼のさまざまな想い、感情が文面にことごとく吐き出されているのです。

 

『ハイリゲンシュタットの遺書』より抜粋


社交の楽しみにも応じやすいほど熱情的で活溌な性質をもって生まれた私は、早くも人々から遠ざかって孤独の生活をしなければならなくなった。

折りに触れてこれらすべての障害を突破して振舞おうとしてみても、私は自分の耳が聴こえないことの悲しさを二倍にも感じさせられて、何と苛酷に押し戻されねばならなかったことか! 

しかも人々に向かって――「もっと大きい声で話して下さい。叫んでみて下さい。私はつんぼですから!」ということは私にはどうしてもできなかったのだ。

ああ! 他の人々にとってよりも私にはいっそう完全なものでなければならない聴覚、かつては申し分のない完全さで私が所有していた感覚、たしかにかつては、私と同じ専門の人々でもほとんど持たないほどの完全さで私が所有していたその感覚の弱点を人々の前へさらけ出しに行くことがどうして私にできようか!

人々の集まりの中へ交じって元気づいたり、精妙な談話を楽しんだり、話し合って互いに感情を流露させたりすることが私には許されないのだ。

ただどうしても余儀ないときにだけ私は人々の中へ出かけてゆく。まるで放逐されている人間のように私は生きなければならない。人々の集まりへ近づくと、自分の病状を気づかれはしまいかという恐ろしい不安が私の心を襲う。

私の脇にいる人が遠くの横笛の音を聴いているのに私にはまったく何も聴こえず、だれかが羊飼いのうたう歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう

たびたびこんな目に遭ったために私はほとんどまったく希望を喪った。みずから自分の生命を絶つまでにはほんの少しのところであった。――私を引き留めたものはただ「芸術」である。自分が使命を自覚している仕事を仕遂げないでこの世を見捨ててはならないように想われたのだ。

片山敏彦訳『ベートーヴェンの生涯』岩波文庫より

文面をみる限り、聴覚が失われることがどれほど深刻だったのか窺い知れるようですね……。

しかしそこから這い上がったベートーヴェンの強靭な意志力、信念も凄いとしか言いようがありません。

音楽、芸術への深い愛情と一途な想いが自殺を想いとどまらせたという件がありますが、「使命を自覚している」「この世を見捨ててはならない」という言葉が物語るように、人の生き方をも変えるほどに音楽を作ることに強い情熱と意欲が漲っていたのがよく分かります。

 

ピアノの性能を超えた超絶的作品

 

ベートーヴェンのピアノ曲の演奏は難しいと言われます。特に『熱情ソナタ』は「難しさが半端じゃない」と言われることが少なくありません。

いったい何がそんなに難しいのでしょうか……。

それはベートーヴェンが音楽に盛り込もうしたメッセージにすべての結論があるといっていいでしょう。すでにこの頃のベートーヴェンは古典派音楽の枠には収まりきらない斬新で大胆な音楽の作曲にとりかかっていました。

その代表作が交響曲第3番「英雄」であり、ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」、ピアノソナタ第23番「熱情」なのです。

これらの作品は音楽の常識やタブーを破った作品なのですが、なおかつ真実味に溢れ芸術性の極めて高い作品だったのでした。

 

「熱情ソナタ」の作曲を進める上でベートーヴェンが絶対に妥協できないことがありました。それは当時使われていたピアノの音域(一番低い音色から一番高い音色)の幅の狭さです。

彼が当時のピアノ職人に向かって書き綴った手紙があります。

そこには「演奏を考えると、ピアノフォルテ(18〜19世紀前半のピアノ。チェンバロのような音が出た)があらゆる楽器で最も研究が遅れていることは間違いない。ピアノとハープを聴き間違えることも少なくない」と不満をぶつけている一節があります。

ベートーヴェンは人間のあらゆる感情を表現するために、当時のピアノの性能では表現しきれない音域をカバーするピアノの登場を切望していたのです。

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ストライヒャーのグランドピアノ(1869年)

その声が届くかのようにイギリスで生産されたペダル式のピアノは、音域も5オクターブから5オクターブ半まで大きく拡がり、自由で豪快な演奏が可能になったのです。

そういう意味でも熱情ソナタはピアノの演奏や可能性を大きく拡げた記念碑的作品といえるかもしれません。

大胆な強弱の変化があったり、主題の旋律を打ち消して雷鳴のような和音が鳴り響いたり、高速のパッセージにさらに加速がかかったり……。

『熱情』は理屈を超えた心のうめきというか、心理的な音のドラマが加わるため、もはやテクニックだけではバランスを維持できないレベルに達しているのです。

 

点と点が線で結ばれ面や立体に

 

難しいのはテクニックだけではありません。

『熱情ソナタ』はテクニックに加え、絶え間ない感情の起伏と変化への対応、集中力の持続が要求されます!

「演奏の難しさが半端じゃない」と言われる所以はそういうところにもあります。

理屈ではなく、まず音楽にとことん入り込んでベートーヴェンが感じた心のドラマを再現しなければなりません……。

おそらく一流の俳優のように音楽と共に嘆き、悲しみ、呼吸をするように演奏しなければ作曲家が込めたメッセージは伝わらないし、感動を呼び起こすことはできないでしょう。

 

つまり生身の人間として作品に真摯に向き合うことで初めて音楽の本質が浮き彫りになってくるし、タッチや響きのみに関心を注いでしまうと薄味な演奏になる可能性がある恐い作品なのです。

有機的な響きの背後にある深い精神性、一音たりとておろそかにできない緊迫感はピアニストには極度の集中力と感情移入を要求します!

それはちょうど音楽の要素である点と点が線で結ばれ、次第に線が面になり、時には立体にもなるように、次第に音楽は無類のエネルギーを獲得していくようになるのです。

曲の意味を理解すればするほど軽い気持ちでは弾けなくなる曲ですが、それだけに曲に没入して弾けた時の喜びや達成感は並大抵のものではないでしょう。

聴きどころ

第1楽章 Allegro assai  ヘ短調

前半の長大で意味深い分散和音の主題と忍び寄る運命の動機の対比、展開部の揺れ動く心の葛藤、後半、怒濤のように押し寄せる激情の嵐はベートーヴェンの音楽の凄みが全開している。

第2楽章 Andante con moto 変ニ長調

深い呼吸と風格にあふれる主題が確かな足どりで踏み出される…。それは誠実な人生を歩んでいこうという強い意志の表れかもしれない…。

第3楽章 Allegro ma non troppo – Presto ヘ短調

過酷な運命に立ち向かうような主題の魅力。そして毅然とした意志の表れが激流となってほとばしる。

オススメ演奏

ウイルヘルム・バックハウス(P)

ベートーヴェン:3大ピアノ・ソナタ集 Vol.2

演奏が圧倒的に素晴らしいのは、今なお録音から半世紀以上が経過したバックハウス盤になるでしょう。

作曲家の心の叫びを代弁するかのような、自信と確信に満ちた響きが圧倒的です。第1楽章の内面的な響きや第3楽章の我を忘れるような緊張感も抜群です。

揺るぎない作品への深い愛情、共感と理解があってこそ可能な演奏だったと言えるでしょう!

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