三大オペラから13年。オペラの抒情詩人が魅せた音楽的底力 プッチーニ「つばめ」

あらすじ

パリのとあるサロン。サロン主宰者で女主人のマグダはランバルドという銀行家の愛人だった。 サロンは詩人のプルニエをはじめとする常連客で賑わっていた。ある日、プルニエが「ドレッタの美しい夢」という詩を披露すると、マグダが続きを歌い完成させる。するとプルニエが「新たな恋に落ちてあなたはつばめのように飛び回るが、 また元の巣に戻るだろう」と彼女の未来を占う。 その後、純朴な青年ルッジェーロがパリにやってきた。マグダはルッジェーロを見て運命的な出会いを感じ、やがて二人は恋に落ちていく。 二人は数カ月間共に暮らし、幸せな時が流れた。ルッジェーロは故郷の母から結婚の承諾も得られて、晴れてマグダと一緒になるはずだった……。 しかし、マグダは自分の身の上を告白し、清らかな女性を装って結婚することはできないと言って涙ながらにルッジェーロに別れを告げるのだった。

 

不幸な運命を背負ったオペラ

三大オペラから10数年の歳月

プッチーニ(1858-1924)は、オペラの作曲で一時代を築いた人でした。特に甘美なメロディを書いたら右に出る者がなく、情景描写の上手さやデリカシーに溢れた表現は絶品でした。

彼は19世紀イタリアオペラの大家であり、先輩作曲家であるヴェルディと事あるごとに並び称されたり、比較の対象とされたりします。

しかし、その作風はヴェルディとは大きく違います。音楽と劇の融合を目指し、劇的な人間ドラマを描いたヴェルディに対し、感覚的で目に見えるような叙情性にあふれた音楽を書いたプッチーニ。

音楽の性格は違うものの、その影響力はイタリアオペラにとどまらず、オペラ界全体に偉大な足跡を残した事はもはや言うまでもないでしょう。

今回採り上げるのはプッチーニの創作後期のオペラ「つばめ」です。

「つばめ」が公開された1917年は『ラ・ボエーム』、『トスカ』、『蝶々夫人』などの、プッチーニのいわゆる傑作三大オペラを世に届けてから、10年以上の歳月が流れていました。

正当な評価を受けていないオペラ

プッチーニ「西部の娘」Photo credit: The Lowry, Salford on Visual hunt / CC BY-NC-ND

 

もちろんその間に、オペラの新作がなかったわけではありません。

一番の痛手は、『ラ・ボエーム』、『トスカ』、『蝶々夫人』の台本を格調高いオペラとして結実させたジュゼッペ・ジャコーザが1906年に亡くなったことでした。 これ以降、プッチーニの創作の勢いは翳りをみせるようになります。

再起をかけて1907年にオペラ『西部の娘』を作曲にとりかかるのですが、私生活のいざこざで創作は一度完全にストップしてしまいます。

問題が一段落した2年後に創作を再開すると1910年に完成し、オペラの舞台となったニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で初演を迎えます。

公演は大成功のうちに幕を閉じたのでした。

それから7年……、プッチーニは新たな道を模索するしかない状況に追い込まれていたのでした。 道は決して平坦ではなく、茨の道をくぐり抜けるような創作人生となったのです。

このオペラは運命のいたずらか、作品の成り立ちから発表に至るまで多くの不幸が重なってしまったのでした。現在でも正当な評価を受けているとは言い難い状況なのです。

 

オペレッタをオペラに…。

 

 

ネックとなった喜歌劇

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「つばめ」を作曲するそもそものきっかけとなったのは、前作のオペラ「西部の娘」の公演旅行でオーストリアを訪れた時のことでした。

プッチーニはこのときオペレッタで世界的に有名だった作曲家のレハールと会いまみえます。

その後、レハールが所属する歌劇場の支配人から正式にオペレッタを作ってほしいとの依頼がきます。でもプッチーニの繊細な感性からすると、大らかで明るいオペレッタとは相性が良くなかったのでしょうね……

台本も気に入らなかったようですが、それ以上にオペレッタの楽天的なストーリーがプッチーニにはどうにもネックだったようです。

ウインナワルツの開放

依頼を受けたとはいえ、プッチーニが「はいそうですか。じゃあオペレッタを作ってみましょうかね♫」なんて軽々しく言えないのはご想像のとおりです…。

彼の持ち味を考えれば、哀愁が絡む主題や旋律を加えなければ作品にならないと思ったのは当然といえば当然でしょう。最終的にはオペレッタ的な要素も持つオペラとして完成させたのでした。

しかし事の成り行きはそう簡単ではありませんでした……。

その後世界大戦が勃発すると、オーストリアとは敵対関係に陥ってしまったり、版権問題のいざこざが生じてしまいます。それだけでなく満を持したイタリア初演が不評に終わったため、1920年には第三幕の内容を改訂した第二稿の初演をウイーンで行いますが、これも評判は芳しくなく、ついには第三稿を改訂するに至ります……。しかし折からの戦火で第三稿は焼失してしまうなど、プッチーニを悩ませる問題が続出したのでした。

それと平行するように作品は次第に忘れ去られていったのです……

しかし乱暴な言い方を許されるならば、ケガの功名という言い方もできなくはありません……。オペレッタの作曲が出発点だったため、ウィンナワルツを多用した軽快なリズムと明るくさっぱりとした作風がいいんですね。

プッチーニの他の作品では味わえない開放感や心地よい響きがあるのも事実なのです。

 

聴きどころ・見どころ

ロマンチックな香りと美しい情感

「つばめ」は公然と失敗作と言い放つ評論家もいます……。しかしこれを失敗作とするには、あまりにももったいないほどの魅力が詰まった作品とも言えるでしょう。

特に全編に渡るプッチーニの音楽は美しく叙情的で、眼前に情景が浮かぶほどロマンチックな香りが漂い、忘れ難い印象を与えてくれます

なぜこれまで上演の機会が少なかったのかが、不思議でなりません。

まずオープニングの前奏曲から快活で心地よく、情緒あふれる主題が耳にも心にも飛び込んできます!

また、プッチーニらしい翳りを帯びた美しい情感や個々の楽器の持ち味を活かした雰囲気づくりもそこかしこに現れ、最高ですね……。

声楽と管弦楽が織りなすロマンティックな響きや余韻も絶品です。

第1幕 「ドレッタの美しい夢」

第一幕でプルニエが作った詩に呼応する形でマグダが歌う有名なアリアです。

決して自己主張するメロディではありません。それなのに、慎ましやかなメロディが醸し出す懐かしさやほのかな哀感が何とも言えず心に沁みます。

第1幕  エンディング「私のことを誰が知っているだろうか?」

マグダがパリの舞踏会場へ変装して参加しようとする時の第1幕の終結部。「ドレッタの美しい夢」が伴奏で流れる中、マグダがさまざまな想いを込めた印象的なエンディングとなります。

第2幕 舞踏会場

第2幕の舞踏会場での熱気と興奮、高貴な雰囲気が最高です。

停滞することなく展開される流麗なメロディが素晴らしく、これにプッチーニ独特の哀愁が絡まると夢のような世界が生み出されていくのです。

 

あなたの爽やかな微笑みに乾杯

舞踏会の会場ですっかり気持ちがうち解けたルッジェーロとマグダ。友人たちとの四重唱や合唱が、それを祝福するように喜びと幸福感で満たされていきます。

第3幕 「秘密」

第3幕前半でルッジェーロが、母親から届いた手紙に「結婚の許し」があったことをうれしそうにマグダに告げる忘れられないシーン…。プッチーニの音楽も場面を美しく彩ります!

経済的に行き詰まったルッジェロは親元にお金の工面をお願いし、母親からマグダとの結婚の許しを求める手紙を送っていたことのやりとりが展開されます。 マグダはそれを聞き、嬉しさのあまり涙を流しますが、自分の過去を告白すべきかどうか悩んでしまうのでした。

第3幕 「今が別れの時」

ついに切ない別れの時がやってきてしまいます。マグダが「汚れた身の自分はあなたにはふさわしくない」と言って泣きながら身を引きます……

語りかけるように切々と歌うマグダの想いを受け止めきれないルッジェーロの落胆。 言葉では表現できない哀しみの想いを、プッチーニは美しく哀愁を帯びた伴奏で寄り添うのでした…。

オススメ演奏

パッパーノ指揮ロンドン交響楽団、ゲオルギュー(Sp)アラーニャ(Te)他

Puccini: La Rondine

 

演奏はアンジェラ・ゲオルギュー(S)、ロベルト・アラーニャ(T)、アントニオ・パッパーノ指揮ロンドン交響楽団、その他(ワーナー・クラシック)が断然美しく、このオペラの本質を突いた唯一無二の名演奏です!

まず何といっても主役の二人が圧巻です!

録音当時、実際に夫婦だった二人のやりとりはピッタリ息が合い、ストーリーに深みと情感を与えてくれます。特に第三幕の無常な別れは涙なくして聴けません。

まさに適役と思えるゲオルギューのマグダへの感情移入! 主人公の揺れる心や繊細な感情をものの見事に表現しています。

アラーニャの透明感あふれる歌声や表現力も絶品で、終始安心して聴くことができ、このオペラに華を添えています。

みずみずしいオケの響き

そして忘れてはならないのがパッパーノの指揮です! オケとの呼吸が抜群で、メリハリが利いたみずみずしい響きに魅せられます。繊細な情感も最高の一言です!劇場の華やいだ情景が浮かんでくるようですね。

録音は1997年ですが、このライブが「つばめ」のオペラとしての魅力を再認識させたことは間違いないでしょう。

今後これに続く魅力的な舞台が上演されることを願ってやまない次第です……

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