「ああ、この瞬間をカメラで撮影できたらなあ…残念」
皆さんはシャッターチャンスを逃してしまって、このような口惜しい想いをした経験はありませんか?
デジタル技術が目まぐるしく進歩して、カメラの性能も日進月歩で高性能化している現代でさえそうなのですから、過去のクリエイターやアーティストたちはどれほどの想いだったのでしょう……。
しかしそんな時代のハンディを感じさせるどころか、むしろそれをメリットに変えてしまった画家がいます。
クロード・モネです。
彼の描く絵はまるでその場に立ち会っているかのような感覚と驚きを覚えます!
中でも1875年に描かれた「散歩、日傘の女」はテーマの斬新さ、生き生きとした感性、見事な構図などが時の流れを超えて私たちに迫ってくるのです。
『日傘の女』シリーズの原点
『日傘の女』は、モネが1875年から1876年にかけて、アルジャントゥイユの別荘や近郊のケシ畑を描いた人気シリーズです。
彼の絵画には、妻のカミーユがモデルとしてしばしば登場します。
特に1875年の『散歩、日傘の女』は有名ですね!
この絵は珍しくモネが人物を主役に据えた絵で、シリーズの原点となる大切な作品なのです。
『散歩、日傘の女』は有名な『日傘の女・左向き』に先駆けること10年前の作品ですが、描かれたシチュエーションがとても印象的です。
妻カミーユと息子のジャンをモチーフに、晴れ渡った青空や爽やかな風に包まれた満ち足りた瞬間を描いているのです。
そして、移ろう時間、変わりゆく空模様、絶えず変化する風の流れをデリカシー豊かに表現し、絵として息を吹き込んだのでした。
人物を主役に置く
この絵は風景画としてではなく、人物を主役としている点でモネの他の作品とはちょっと違います。
彼は印象派の旗頭として光と色彩の時間軸を中心に描いてきましたが、人物にあまり感情移入することはありませんでした。しかし、この絵はちょっと様子が違います。
ときおり風が舞っているのでしょうか…、小高い丘の上に立っているカミーユの髪は風にたなびき、ドレスの裾が揺れているのがよくわかりますね。
彼女の視線の方向は、見るものの視線に向けられるように配置されていて、それがこの絵に普遍的な拡がりを持たせているのです……。
安定のピラミッド型の構図と対角線上に動きのある構図が組み込まれている
カミーユの左側には、当時8歳だった息子のジャンの姿が見えます。
低い水平線と、青空をバックにした広い空間、上空で舞う風、あふれる光が何という開放感を絵に与えてるのでしょう!
安定のピラミッド構図と巧みに配置された対角線上の動きのある構図が絵に安定感と拡がりを両立させています。
この絵はあらゆる部分で最高のシチュエーションを設定して華を添えたいというモネの愛情が絵の端々からにじみ出ているのです……。
導き出されるように筆が進む!
この絵を描いた当時のモネは、穏やかな晴天や家族の姿に気をよくしたのでしょうか、素早いタッチであっという間に描き切っていることがわかります。
つまり決定的瞬間を失うまいと、余韻が冷めないうちに、ひたすらキャンバスに絵の具を乗せていったのでしょうね……。絵に気持ちが乗り移っているかのようです。
モネがカメラのシャッターチャンスのように切り取った美しい瞬間は、彼一流の感性と相まって、そのときがどのような状況だったのか、手にとるように伝わってきますし、新鮮な驚きを与えてくれます。
空は広く描かれ、大きさや向きを変えたストロークで素早く描かれることで空気感が伝わりますね!
1870年代のモネはまだまだ貧しく、精力的に絵に打ち込んでいた頃でした。
その苦労の多かった時代を精神的に支えてきたのが妻のカミーユだったのです。カミーユがこの絵の4年後に32歳の若さでなくなったとき、あまりのショックでしばらくは何も手につかなかったといわれています。
この絵は何気ない一瞬をとらえたようであるけれど、実は彼らの愛情と絆を刻印した記念碑的作品ともいえるのかもしれません。