クリスマスシーズンになると、必ずといっていいほど「見たい映画」の候補に挙がる名画があります。その一つが「素晴らしき哉、人生!(1946)」ですね。この映画はこれまで何度も視聴しましたが、観るたびに新たな感動で胸がいっぱいになります。
人は絶望したり、何もかも嫌になったりすると、周りが見えなくなることがあります。時には自分なんてこの世にいなくてもいいのではないかと思ってしまうことさえありますよね……。
しかしそれでも誠実に真摯に生きていると、なぜか思わぬ出会いが用意されていたり、気づかされることってありますよね。この映画はそんな奇跡が生み出すハートフルストーリーなのです!
素晴らしき哉、人生!
●1946年製作/130分/アメリカ
●原題または英題:It’s a Wonderful Life
●劇場公開日:1954年2月6日(日本)
【キャスト】
ジェームズ・スチュワート
ドナ・リード
ライオネル・バリモア
ヘンリー・トラヴァース
【スタッフ】
監督:フランク・キャプラ
製作:フランク・キャプラ
原作:フィリップ・ヴァン・ドレン・スターン
脚本:フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケット、フランク・キャプラ
音楽:ディミトリ・ティオムキン
あらすじ
地域の信頼を集める、父の営む良心的な住宅ローン会社を継いだジョージ。
ところが富豪の策略にはまってしまい、会社が窮地に追い込まれることになった。ジョージは絶望のあまり自殺を考える。そこに現れた2級天使のクラレンスは、「もしジョージがこの世にいなかったら」という架空の世界に連れていくのだった…
天使は彼が存在しない世界が、いかに悲惨なものになるかを見せる。すると、ジョージは自分の生きる意味に気づいていく…。
時を越えて語り継がれるべきテーマ
銀行に立つジェームズ・スチュワート(写真:Hulton Archive/Getty Images)
「素晴らしき哉、人生!」はもう80年ほど前の作品ですが、作品の魅力はまったく薄れていません。むしろデジタル技術万能の今の時代だからこそ輝きを放ち、価値はより高まっているといえるでしょう。
監督のフランク・キャプラは1930年から40年代の映画草創期に多くの人の良心に訴え、希望を与える作品を作り続けた名匠でした。
一言で言えば、彼の作品にはハリウッド映画によくあるような策略や悪意がありません。毒も然り……。あるのは信頼、愛情、ウイットに富んだユーモアと、人を温かく見つめるまなざしなのです。
このことから彼は多くの誤解を受けてきたようです。「深みが足りない」、「インパクトに欠ける」、「きれい事だ」等々、さまざまな中傷を受けたり、偏見の目で見られることも多かったようですね…。
しかしこの映画のテーマにもなっている、「人間一人の価値の大きさ」は時代を超えて語り継がれるべきテーマといえるのではないでしょうか。
人は、「自分なんて誰からも必要とされてない」、「生きてる価値なんてあるんだろうか…」と自分を責めたり、負のスパイラルに陥ることが往々にしてあります。
でも、決してそんなことはないのですよね。「1人の人生がどれほど多くの人と関わりあって社会が成り立っているのか」、「いちばん大切なことは何なのか……」。この作品はそのことに光をあて、気づかせてくれるのです。
「人間愛」、「人を信じる大切さ」、「あなたがいるから幸せになれる人がいる」等……。全編に散りばめられた愛のメッセージは、忘れかけていた大切なものをきっと呼び覚ますことでしょう。
私の映画は、すべての男性、女性、子供に、神が彼らを愛していること、私が彼らを愛していること、そして平和と救済は、彼らが互いに愛し合うことを学んだときに初めて現実になることを知らせなければならない(フランク・キャプラ)
鋭い観察眼と洞察力
ジョージ・ベイリー役のジェームズ・スチュワートと、娘ズズ役のカロリン・グライムス(写真:Hulton Archive/Getty Images)
『素晴らしき哉、人生』は理屈抜きで楽しめる映画ですが、感心するのは随所で光る人間描写です。特に印象的なのが、各シーンで描かれた人を深く見つめる眼差しと、冴えわたる洞察力ですね!
たとえば後半のシーン、ジョージ(ジェームズ・スチュアート)が自殺を思い立つ場面。二級天使から「もしこの世に君が存在しなかったらどうなっていたか…」という仮定で虚無の世界を見せつけられます。
そこは恐ろしく味気ない砂漠のような世界で、絶望のどん底に突き落とされるようすがジョージの迫真の演技と共に展開されていきます。人との関わりが断たれることが何と空しく、恐ろしいことか……。
また、ジョージが会社の資金を失い、悲嘆に暮れて帰宅した時の場面もそう……。
この時、家族はクリスマスパーティーの準備真っ最中でしたが、ジョージは自暴自棄になって家中を蹴飛ばしたり、子供たちを怒鳴り散らします。
傍らでは幼い娘がパーティーに演奏するピアノを練習していました。しかしジョージは「やめてしまえ」と怒鳴ってしまいます。家族の楽しそうな雰囲気はこの一言で一変してしまいます……。
さすがに彼はとんでもないことを言ってしまったと後悔して、娘に謝りながらピアノの練習を再開するように言うのですが、子どもたちは父親の表情やしぐさから置かれている状況がただ事ではないことを察するのです……。
「もう弾かないから許して」と娘は泣きながら答えるのですが、この子の健気な姿がとても印象的ですよね(思わずあなたは何も悪くないんだよ…と呟いてしまいそう)。
日常的にどこにでも起こり得る切迫した状況を、キャプラは実に巧みに雄弁に表現しているのです!
カラー版でよみがえる
実はこの作品、アメリカでは既にカラー版が発売されていました……。
でも、古いモノクロ映画をカラーでデジタル処理するというと、正直あまりいいイメージはないですよね。おそらく人工着色のような安っぽい印象になるのではないのか……、と思ってしまうのは当然のことかもしれません。
もし着色に失敗してしまったら、映画そのものの価値や評価も下がってしまうのではないか……という余計な心配さえしてしまいます。
しかしどうもそれは杞憂だったようです。恐る恐るyoutubeのサンプル動画を視聴してみたのですが……。カラーの美しさは自然で、見やすい綺麗な仕上がりになっているではありませんか!!
もちろん、昨今の4Kなどのデジタル映像に比べて劣るのは当然ですし、古さゆえ、カラーとしてよみがえっても当然ながら限界があることは否めません。 このようなことを考慮しても、この仕上がり具合は充分に良しとしなければならないでしょうね。(※リージョン1のため、残念ながらDVD版は国内で視聴できません)
何より映像が自然ですし、違和感がまったくありません。色を付けたことによるマイナスポイントは見当たらず、この映画を見る楽しさと喜びが格段に増したと言えるのではないでしょうか!
私はサンプル動画を見ただけなのですが、驚きと感動で胸がいっぱいになってしまいました……。 おそらく技術スタッフの方々の労力は想像を絶するものだったに違いありません。きっとこの映画を心から愛し、その価値と芸術性を充分に理解している人たちなのでしょう……。