モーツァルトオペラに宿る愛とウィット・作品に見る人間讃歌のかたち

目次

はじめに:ユーモアの中に見える人間の本質

この記事を読むと、モーツァルトの音楽がどのように“人間愛”を描いているかがわかります!

モーツァルトほど、愛とウィットにあふれた音楽を書いた作曲家はいません。

中でもオペラ作品は、モーツァルトの才能が全開した傑作ばかり! たとえば「フィガロの結婚」は、人間の滑稽さや愛らしさ、弱さ、そして愛の本質までもが、生き生きと描かれた傑作中の傑作です。

物語は色恋沙汰のドタバタ喜劇。人によっては「なんてふざけた音楽!」と感じるかもしれません。でも実は、そのふざけているように見えるところに、モーツァルトオペラの真骨頂があるのです。

そして、どんな登場人物にも音楽の魅力という愛情を注ぎ、あたたかいまなざしで描くーーそんな姿勢は、モーツァルトの音楽全体に共通する魅力ではないでしょうか。

茶番の中に潜む人間の真実

モーツァルトのオペラの登場人物は、貴族から召使いまで、あらゆる階層の人間が描かれています。彼らは、嫉妬、欲望、愛情、裏切り、許しといった、人間が持つ普遍的な感情を生き生きと表現しているのを実感するでしょう。

滑稽でドタバタ劇のように見えても、その根底では人間の本質が絶妙に描かれています。観客はそんなモーツァルトの音楽に深く共感し、自分たちの姿を重ね合わせていると言ってもいいかもしれません。

卓越したキャラクター描写

「卓越したキャラクター描写と感情表現」。これこそがモーツァルトオペラの真骨頂と言えるでしょう!

圧巻なのは、それぞれの登場人物に対して、性格や感情を完璧に表現するアリア、二重唱、アンサンブルなどを随所に散りばめていることです。

『フィガロの結婚』を例に挙げれば、フィガロの機知、スザンナの賢さ、伯爵の傲慢さ、伯爵夫人の憂鬱さなど、彼らの個性の煌めきは音楽によって一層際立つことに。

メロディの美しさだけでなく、リズムやハーモニー、オーケストレーションの巧みさが一体となっています。言葉だけでは伝えきれない心の機微まで表現されているのは、ただただ驚かざるを得ません……。

絶妙なアンサンブル・重なり合う心のドラマ

モーツァルトのオペラの大きな魅力のひとつが、「重唱(アンサンブル)」の場面です。

特にアンサンブルにおいて、複数の登場人物の感情が同時に進行しながらも、それぞれの個性が失われずに最上のハーモニーとして成立するようすは圧巻としかいいようがないですね。

《フィガロの結婚》第2幕の四重唱や五重唱の、それぞれの人物が異なる感情を同時に抱きながら歌い交わす場面では、まるで会話そのものが偉大な音楽として立ち上がってくるような感覚に包まれます。

「後宮からの誘拐」第2幕:四重唱
『ああ、ベルモンテ!私の命!』
(コンスタンツェ、ベルモンテ、ブロンド、ペドリージョ)
ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリンサン他

アンサンブルの魅力

  • 複数の歌手の声が重なり合うことで、より豊かな音楽表現が可能に。
  • 登場人物たちの複雑な感情や関係性を、歌を通して表現できる。
  • オペラのクライマックスを盛り上げる重要な要素となる。

形式の革新性とは

モーツァルトはオペラ・ブッファ(喜劇オペラ)の伝統を受け継いでいたのは間違いありません。

当時のオペラでは、登場人物が一人ずつ歌い終えてから次の展開へ進むのが常でした。しかしモーツァルトは、それを一気に同時進行させたのです。

特にフィナーレにおける大人数でのアンサンブルは、それまでのオペラには見られないドラマティックな盛り上がりを見せます。

登場人物への温かなまなざし

モーツァルトはいかなる登場人物に対しても、温かいまなざしを注いでいます。

悪役であっても、その人間的な側面や弱さが描かれ、憎むべき対象ではなく、一人の人間として魅力的に描かれ、何とも言えない愛おしさが伝わってくるのです。

この辺りがヴェルディやプッチーニとはちょっと違うところですよね。彼らのオペラでは、善と悪がより明確に描かれていて、特定の登場人物に感情移入する傾向が強いのは明らかです。

それに対し、モーツァルトは登場人物すべてに愛情を注ぎ、それぞれの視点から人間ドラマを描き出していくのです。

「愛はすべてのものの魂であり、音楽もその愛なしには生きられない。」
(コンスタンツェとの結婚期に書いた手紙より)

これは、彼の音楽全体に共通する「普遍的な人間愛」の表れと言えるでしょう。

ドン・ジョヴァンニ第2幕「これが悪人の最期だ!」
テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ他

音楽と言葉の完璧な融合

モーツァルトは、テキスト(台本)の言葉の一つ一つに、そしてそこに込められた感情に、完璧に寄り添った音楽をつけました。

他の作曲家、例えば初期のイタリアオペラの作曲家の中には、音楽の美しさを優先し、時に言葉の意味が二の次になることもありました。

しかし、モーツァルトは、言葉の意味を損なうことなく、むしろ音楽によってその意味を何倍にも増幅させることに成功したのでした。

モーツァルトはオペラの作曲において、歌詞(言葉)と音楽を単に並列させるのではなく、互いに深く影響し合い、高め合うように作り込んでいたことに改めて驚かされます。

登場人物の感情や性格の描写

アリアやレチタティーヴォにおける感情表現

登場人物が喜び、悲しみ、怒り、絶望といった感情を表現する際、モーツァルトはその感情に合わせたメロディ、ハーモニー、リズム、テンポ、楽器編成を用いました

例えば、悲しみを歌うアリアでは短調や遅いテンポ、抑制された楽器編成が用いられ、喜びを歌うアリアでは長調や速いテンポ、華やかなオーケストレーションが用いられます。

『魔笛』第二幕第13曲/夜の女王のアリア
「復讐の心は地獄のように胸に燃え」
アンナ=クリスティーナ・カーッポラ(S)
ルネ・ヤーコプス指揮ベルリン古楽アカデミー
  • 単に言葉で「悲しい」と歌うだけでなく、その言葉が音楽によって切々と響き、聴衆に直接その感情を訴えかけるのです。
  • 登場人物の性格も音楽によって描き分けられます。例えば、高潔な人物には堂々としたメロディ、狡猾な人物にはどこか不穏な響き、といった具合です。

ドラマの状況や場面設定の描写

情景描写や雰囲気の醸成

夜の場面であれば神秘的な響き、嵐の場面であれば激しい音型、祝宴の場面であれば華やかな合唱など、音楽が言葉の示す情景や雰囲気を具体的に描き出します。

これにより、鑑賞者は舞台上の状況をより鮮明にイメージすることができます。

情景描写や雰囲気を高める

  • フィガロの結婚より第4幕『恋人よ、早く来て』
    夜の庭のシーンでは、木管楽器の柔らかな音色や静かなハーモニーが、ロマンチックな夜の雰囲気を醸し出します。スザンナがフィガロを試すために、伯爵夫人に化けて「恋人よ、早く来て」と甘く歌う場面です。
  • 月明かりのもと、静寂の中に漂う木管楽器(とくにクラリネットとファゴット)の柔らかい響きが特徴で、弦楽器がそっと寄り添い、夜の空気の香りやしっとりとしたロマンティックな情景を描き出しています。
「フィガロの結婚」より第4幕/スザンナのアリア
「恋人よ、早く来て」チェリーア・バルトリ

言葉のニュアンスや隠れた意味の強調

モーツァルトは、重要な言葉やフレーズを何度も繰り返すことで、その意味を強調することがありました。

この繰り返しに、微妙な音程の変化や音量の変化、楽器の追加などを加えることで、言葉だけでは伝わりにくいニュアンスや、登場人物の隠された意図を浮き彫りにしました。

なぜモーツァルトは“嘘”の場面で美しい旋律を書くのか?

  • 例えば、登場人物が嘘をついている場面では、言葉とは裏腹にどこか不協和な響きや不安げなリズムが用いられることで、その嘘が暗に示されることがあります。

例「フィガロの結婚」第3幕より – スザンナのアリア「とうとうその時が来た」

STEP
場面設定: 第4幕、夜の庭

スザンナは、嫉妬深いフィガロが茂みに隠れて自分たち(伯爵夫人とスザンナ)の計画を盗み聞きしていることを知っています。

STEP
言葉(歌詞)

スザンナは、伯爵に宛てたかのように「とうとうその時が来た、愛しい人よ、私の喜びの時よ!急いで、急いで、私の喜びよ、どうか遅れないで!ここには誰もいない…」と歌います。言葉だけを聞くと、まるで彼女が伯爵との密会を楽しみにしているかのようです。

STEP
音楽

しかし、このアリアは、言葉の持つ「不貞」や「密会」といったネガティブな意味合いとはまったく異なる、非常に美しく、穏やかで、誠実な愛に満ちた旋律で書かれています。
モーツァルトは、まるで彼女がフィガロへの真の愛を歌っているかのように作曲しました。

STEP
効果

観客はスザンナの真意(フィガロをからかっていること)を知っているので、音楽が言葉の嘘を暴き、彼女の本当の感情(フィガロへの愛)を聴衆に伝えていることがわかります。
しかし、茂みに隠れているフィガロは音楽の意味を理解できず、言葉だけを信じて激しく嫉妬します。このように、音楽が言葉の裏にある真実を語り、劇的な皮肉を生み出しているのです。

「フィガロの結婚」第3幕よりスザンナのアリア
「とうとうその時が来た」クリスティアーネ・カルク
ヤニク・ネゼ・セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団他

モーツァルトは単に登場人物の感情を音楽で表現するだけでなく、言葉と音楽の間に意図的なズレを生じさせることで、登場人物の表向きの言葉の裏にある真実や欺瞞を巧みに描き出しました。

これこそが、「言葉の意味を損なうことなく、むしろ音楽によってその意味を何倍にも増幅させる」というモーツァルトの天才的で卓越した才能なのです。

「言葉の絵画」としての音楽

  • 特定の言葉、例えば「飛ぶ」「落ちる」「笑う」といった言葉に対応するような音型を音楽の中に織り込むことで、視覚的なイメージを聴覚的に喚起させました。これにより、言葉の意味がより具体的に、生き生きと伝わります。

劇全体の統一性と進行の自然さ

モーツァルトのオペラでは、レチタティーヴォ、アリア、アンサンブル、合唱などがシームレスに繋がり、音楽が途切れることなく劇が進行するように工夫されています。これにより、言葉と音楽、ストーリーがいっさい分断されることなく、物語が自然に展開する感覚を堪能できるのです。

音楽の切れ目のない流れ1

  • 「魔笛」
    パパゲーノが「おいらは鳥刺し」のアリアを歌うシーンでは、軽快で跳ねるような音楽が彼の陽気な性格と、小鳥を捕らえる猟師という職業を表現しています。
歌劇「魔笛」よりパパゲーノのアリア
「私は鳥刺し」ワルター・ベリー
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団

音楽の切れ目のない流れ2

  • 「フィガロの結婚」
    伯爵夫人のアリア「愛の神よ、安らぎを」では、抑制された美しいメロディが、夫の不貞に苦しむ彼女の悲しみと、それでも夫を愛する高潔な心情を深く表現しています。
「フィガロの結婚」第二幕/伯爵夫人のアリア
「愛の神よ、安らぎを」エカテリーナ・シチェルバチェンコ
テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ他

これらの要素が複合的に作用することで、モーツァルトのオペラでは、言葉が単なる情報伝達の手段に留まらず、音楽と一体となることで、その感情的、ドラマティックな意味が何倍にも増幅され、聴衆の心に深く響くのです。

これが、「音楽と言葉の完璧な融合」であり、「言葉の意味を損なうことなく、むしろ音楽によってその意味を何倍にも増幅させる」ということの具体的な意味です。

まとめ

モーツァルトのオペラは、音楽の美しさ、ドラマの面白さ、そして人間への深い洞察が一体となった、まさに奇跡のような芸術作品です。

彼の音楽が、登場人物たちに生命と輝きを与え、彼らの人間性をあますところなく描き出しているからこそ、私たちは彼のオペラにこれほどまでに魅了されるのでしょう。

あなたも次に『フィガロの結婚』を観るときは、言葉の裏に潜む音楽の真実に耳を澄ませてみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次