オペラに親しむならこれ!愛の尊さをユーモアたっぷりに描く!モーツァルト「後宮からの逃走」

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天衣無縫なインスピレーション

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不世出の天才作曲家モーツァルトがその真価を最大限に発揮したのはまぎれもなくオペラでした!

モーツァルトは比較的襟を正したスタイルの交響曲や宗教音楽でも、美しく格調高い作品が多いのですが、やはりオペラの生き生きした魅力には及びません。

オペラはモーツァルトの天衣無縫な創造のインスピレーションを縦横無尽に発揮できた格好のジャンルだったのです。

おそらく、過去現在においてオペラのジャンルでモーツァルトほどの高みに達した作曲家はいないと言ってもいいでしょう。

いわゆるモーツァルトの3大オペラと呼ばれる「フィガロの結婚」、「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」はどれも汲めども尽きない最高のエンターテインメントであり芸術なのです。

生き生きとした人間感情の表現、神秘の世界に誘う感性やコミカルな表現の陰に見え隠れする哲学的なメッセージ……。

それは決して理想の人物像を描くのではなく、等身大の人物像をデフォルメを加えながら人間の喜怒哀楽を大胆に描いて見せるのです。

まさにオペラの世界においてモーツァルトは自ら道化となりながら、やんわりと人生の本質を皮肉を込めながら描いていったのです。

そのモーツァルトのオペラの中でも「後宮からの逃走」は最も親しみやすい作品かもしれませんね。

そして、モーツァルトのあらゆる作品のなかでも、もっとも色彩豊かで独特の存在感と楽しさを備えたオペラなのです。

太鼓やシンバル、ピッコロの新鮮な響きは、この作品に生き生きとした躍動感ばかりでなく、夢のような陶酔のひとときも与えてくれます……。

愛は人の心を癒やし動かす

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このオペラは台本がやや唐突なところがあります……。

しかし、ここぞというところでのモーツァルトの音楽の輝き、愛に満ちたメロディはさすがに素晴らしく、そのような不備な部分さえ意味のあるものとして生きてくるのです。

トルコのオリエンタル風な異国情緒をいい意味で音楽とストーリーの展開に活かしきっているのです!

あらゆる部分が新鮮で、ヴァイタリティに溢れ、随所にモーツァルトの卓抜したセンスが散りばめられているのです。

モーツァルトはこうも言います。「オペラにおいて、台本は音楽の従順なしもべでなければならない。なぜ惨めな台本のイタリアのコミックオペラが世界中で人気があるのだろう?それは、音楽が至高のものであり、それを聴けば他のことは忘れてしまうからだ」。

少々支離滅裂な台本であっても、音楽はそれらの欠点をことごとく魅力に変え、雄弁なドラマとして再生することを身をもって示したのでした。

第二幕でベルモンテがコンスタンツェとの再会を心から喜びながら、四人で一致団結して脱出の作戦を練るところがあります。

しかし、ベルモンテとペドリッロがコンスタンツェとブロンデの貞操を疑ったばかりに険悪なムードになりかけ……、このまま亀裂してしまうのかと思いきや、ひたすら男たちは謝罪して和解に至るという危ない橋を渡る展開。

そこには男女の心の機微や愛への認識の違いがもたらす不協和音が絶妙なタッチで描かれているのです! そして最後はフーガ風のリズムに乗せた四重唱で終わるところにモーツァルトの視点の鋭さと高い音楽性を感じざるを得ません。

愛、喜び、失望、哀しみ、慰め、希望……といった様々な感情が次々に表情を変え、輝きを放ちながら歌われる凄さにも驚きます!

しかもまったく音楽的な窮屈さを伴わず、鼻歌交じりのような感覚で一気に聴かせてしまうモーツァルトの天才的なセンスには唖然とするしかありません。

この作品では主役のコンスタンツェ、ベルモンテと同じくらい比重が大きいのがオスミンです。何よりも図々しいくらいの存在感と声の独特の魅力が印象的で、悪役なのに憎めないのですよね…。

あらすじ

ある日、貴族令嬢コンスタンツェは、航行中の船で海賊に捕らえられる。同行していた召使いの男ペドリッロと侍女のブロンデもろともに、トルコの太守セリムに売り渡されたのだった。

太守は囲われた宮廷内でコンスタンツェに求愛するが、彼女には故郷に恋人のベルモンテがいる。

しばらくしてペドリッロから窮状の知らせを聞いたベルモンテは宮廷に潜入する。

しかし廷内では性悪な太守の番人オスミンが見張っているため救出はうまくいきそうにない。

そこでペドリッロはオスミンを誘って酒を飲ませ眠らせる。作戦は成功するものの、それもつかの間、オスミンが目を覚ましてしまい、再び捕らえられてしまう……。

聴きどころ

序曲

ピッコロやトライアングル、シンバル、太鼓などを使ったトルコ風の軽快なリズムとメロディが何とも新鮮で楽しい!  

第一幕・どこの馬の骨だか分からん奴だ(オスミン)

おまじないのような掛け声で始まるアスミンのアリア。野蛮で残酷な仕打ちを物ともしない彼だが、実は人間的な弱さを持っていて、愛に飢えている男だということが音楽を通して伝わってくる……。

第二幕・ありとあらゆる責め苦が(コンスタンツェ)

囚われの身になったコンスタンツェが太守セリムの一方的な求愛に「あなたは威嚇して私を従わせるのか、それとも愛と寛容で私を受け入れてくれるのか、どちらを選ぶのか?」という究極的な強いメッセージを返す。

その懐の深さ、信念の強さ、高潔な愛の姿にセリムもタジタジになる。

透徹な歌声と成熟した表現力が求められるコンスタンツェのアリア中、最大の難曲であり、全体の華。

第二幕・喜びの涙が流れる時 (ベルモンテ)

ベルモンテがコンスタンツェとの再会の喜びを歌うアリア。素直な情感と愛する人をひたすら思う優しさが心に染みる。

第二幕・ああベルモンテ!ああ私の命!(ベルモンテ、コンスタンツェ、ペドリッロ、ブロンデ)

ベルモンテ、コンスタンツェ、ペドリッロ、ブロンデの四重唱。このオペラの核心部分の一つ。

他愛ない男女のやりとりのように聞こえるかもしれないが、数小節ごとに変化する心の機微や生き生きとした音のドラマが信頼や愛情の証しとして印象に残る。

第三幕・勝ち誇ってやる! (オスミン)

オスミンの上機嫌な気分で歌うアリア。ユーモアたっぷりに勝ち誇ってみせるのだが、心底悪者でないというのが微笑ましくもあり、オスミンの魅力さえ伝わってくる……。

オススメ演奏

ウイリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン、シェーファー(S)、プティボン(S)、ボストリッジ(T)

Mozart : Die Entführung aus dem Serail

クリスティ(エラート)は一切気負わない自然体のしなやかな演奏を聴かせてくれます。

しかも音楽的にはまったく薄味ではなく、楽器のコクがあり透明感に満ちた響きが劇の美しさを際立たせています。オペラ全体に拡がる色彩感あふれるハーモニーや歌の魅力も文句なしですね。

特にシェファーのコンスタンツェ、ボストリッジのベルモンテ、プティボンのブロンデは言うことなしだし、その他歌手たちの充実した歌声は魅力的です。ただ、オスミン役のアラン・ユーイングが少々弱い感じがするのが残念といえば残念なところでしょうか……。

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュバロック・ソロイスツ、オルゴナソヴァ(S)、ジーデン(S)、オルセン(T)

Mozart: Die Entführung aus dem Serail

ガーディナーが92年に録音した演奏は新鮮な造形感覚と引き締まったハーモニーが、新しいモーツァルト像を打ち立てたと言っても決して過言ではありません。

クリスティ盤同様にビリオド楽器の魅力がこのオペラの魅力を倍加させているのは間違いないでしょう。オルゴナソヴァをはじめとする歌手陣も安定感抜群で、リズムの切れ味や情感豊かなアリアの数々など見事です!

ヤニク・ネゼ=セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団、ダムラウ(S)、ヴィラゾン(T)、プロハスカ(S)

Mozart: Die Entführung aus dem Serail (Live)

ネゼ=セガン盤は2014年のバーデンバーデン祝祭歌劇場でのライブ録音です。音楽の美しい流れや歌手の充実した歌いっぷりなど、どこをとっても非の打ちどころのない、まさに音楽性満点の名演奏です。

キャスティングも実に魅力的です。特にダムラウのコンスタンツェは気品あふれ、陰影豊かな表現が役どころにピッタリ。ヴィラゾンのベルモンテは感情表現に優れていて、ストーリー展開に大きな華を添えます。

ネゼ=セガンの指揮はメリハリが利き、デリケートで色彩豊かなオーケストレーションが実に見事です! モーツァルトがこのオペラに込めた本質的な意味が、ユーモアたっぷりの表現からグングン伝わってくるのが凄いところです!

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この記事を書いた人

1961年8月生まれ。グラフィックデザインを本業としています。
現在の会社は約四半世紀勤めています。ちょうど時はアナログからデジタルへ大転換する時でした。リストラの対象にならなかったのは見様見真似で始めたMacでの作業のおかげかもしれません。
音楽、絵画、観劇が大好きで、最近は歌もの(オペラ、オラトリオ、合唱曲etc)にはまっています!このブログでは、自分が生活の中で感じた率直な気持ちを共有できればと思っております。

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