MGMミュージカル映画の絶頂期
1953年の映画「バンドワゴン」はミュージカル作品に力を入れてきたMGM絶頂期の集大成のような作品です。
1930年初頭の世界大恐慌の影響で、職を追われた多くのブロードウェイミュージカルのスターたちがハリウッドに流入するようになりました。
MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー社)は、それをきっかけに、ミュージカル映画の制作に本腰を入れ始めたのでした。
MGMが隆盛を極めたのは、フレッド・アステアやジーン・ケリー、ジンジャー・ロジャース、ジュディ・ガーランドといった大スターたちの存在を抜きにしては語れませんが、名演出家バークレーの革新的な手法やプロデューサーのアーサー・フリードの手腕も見逃せません。
そしてテクニカラーの導入や録音再生技術の飛躍的な進歩などでさらに勢いに拍車をかけ、1930年代から1950年代にかけて当時の娯楽産業を席巻する一大ブームを築きあげたのでした。
1953年は同社の絶頂期で、中でも「バンドワゴン」はMGMミュージカルの良さが集約された傑作ですね!
生き生きとした歌とダンス、ウイットとユーモアが冴えるミュージカルならではの醍醐味が画面からひしひしと伝わってくるのです。
当時のショービジネスの実情を描く
「バンドワゴン」は当時の舞台の実情が手にとるように分かる、いわゆる舞台裏ミュージカルです。
とにかく理屈っぽくなく、「見れば分かる」というくらい、誰でも気軽に楽しめるのがいいですね!
あらすじは以下のとおりです。
かつてダンス映画で一世を風靡したトニー・ハンター(フレッド・アステア )は、現在は人気が落ち目なのを自覚していた。
そんな中、ブロードウェイ時代の親友マートン夫妻(オスカー・レヴァント、ナヌント・ファブレー)が、トニーのためのミュージカル・コメディが出来上がったといって持ちかけて来た。マートン夫妻の新作の売り込みに乗ったのは、古典的な舞台を信条とするジェフリー・コルドヴァ(ジャック・ブキャナン)で、彼は「バンド・ワゴン」を「ファウスト」の近代的音楽劇化に折込もうとした。これを知ってトニーやマートン夫妻は先行きに不安を感じたものの、ジェフリーがあらゆる実権を握っていたため、仕方なくそのアイディアを受け入れることにした。
ジェフリーはトニーの相手役にクラシック・バレエのプリマ、ギャビー・ジェラード(シド・チャリシー)を選んだ。トニーとギャビーは畑違いであることと新しい仕事への不安で仲違いしたが、ある夜、2人で心の内をぶつけ合い、お互いの誤解やわだかまりが解けていく。
いよいよ芸術的「バンド・ワゴン」はニュー・ヘヴンで幕を開けたものの、ジェフリーのあまりにも浮世離れした演出のため、公演は散々な結果に終わる。だがトニーやマートン夫妻は「バンド・ワゴン」の舞台をあきらめなかった。トニーは今回の失敗は楽しさを盛り込むことを忘れたためだと考え、踊りや歌に自分たちの持ち味を活かしたたショーに作りあげた。
自分の間違いを認めたジェフリーもこの新しい舞台に加わることになり、トニーたちはニューヨーク公演に向けて、地方都市から巡業の旅に出る。
この巡業中、トニーがギャビーを愛する気持ちは次第につのるものの、その気持ちは自分の胸の中におさめ、諦めていたのだが……。
見どころが続出!ミュージカル映画の粋
この映画は最初から最後まで歌と踊りが手を変え品を変えて登場する見せ場の連続になります!
小気味よいテンポの良さや演出の面白さ、意外性で見る者をグイグイ惹きつけるのです!
キャスティングも見事というしかありません。
まずは落ちぶれたミュージカル俳優役フレッド・アステアが適役ですね。あらゆる種類の踊りと歌を披露して徹底的に堪能させてくれます。
アステアはこの映画撮影時に既に53歳を迎えていました。もちろん全盛時のキレこそありません。しかし洗練された身のこなしや流れるような踊りの美しさはいささかの衰えもなく、私たちを魅了してくれるのです。
あらゆるシーンで見せる表情の豊かさ、ウイットを効かせた演技も見事です。
個性的な演出家役のブキャナンも、特異な芸術論を展開して周囲を戸惑わせる役柄ですが、なぜか憎めない印象的な役者さんですね……。
アステアの相手役となったチャリシーの清楚で妖艶という二面性を漂わせる踊りと演技も見事。
ニューヨークの最終公演では、ハードボイルドな演目「ガールハント」を演じますが、踊りもストーリー展開も趣向を凝らしていて楽しませてくれます。
とにかく音楽、演出、振付の素晴らしさが一体となって、ミュージカルの魅力、醍醐味をこれでもかと迫ってくる映画といっていいでしょう!
名シーン、ミュージカルナンバー
この作品には映画史に残る有名なシーンやミュージカルナンバーがたくさんあります。
特に印象的なものを挙げてみましょう。
By Myself
映画の冒頭、電車を降り立ったアステアが、女優の取材で集まっていた記者たちを自分の出迎えと勘違いしたことに気づき、駅のホームをトボトボ歩きながら一人寂しく歌うナンバー。
当時のアステアの心境と重なる部分も少なからずあるのかもしれませんね。
前半の落ち目の俳優のやるせない気分から一転して、後半は希望的に「それでも自分は一人、自分の道を歩いてゆく」と……。
Shine on Your Shoes
ゲームセンター内でアステアが靴磨きの青年(ルロイ・ダニエルス)の足につまずいて倒れそうになった時に、とっさに出てくるアステアとダニエルスによるナンバー。
小気味よいリズムとテンポ、微動だにしない音楽の流れに惹きつけられます!
アステアの抜群の身のこなし、あらゆる要素をエンタメに変えていく凄みや発想の面白さに酔わされます。
That’s Entertainment
アステア、ブキャナン、レヴァント、ファブレーの4人による、とびきりご機嫌でユーモアたっぷりのナンバーです。
マートン夫妻(レヴァント、ファブレー)作品への出演を断ろうとするトニー(アステア)をあの手この手で口説くため、コルドバ(ブキャナン)が「エンターテイメントとは何か」を声高らかに説き始めます。
この映画の唯一のオリジナルナンバーで、皆さんも一度は耳にされたことがあるかもしれませんね……。
スタンダード・ナンバーとしても有名で、ショウ・ビジネスの賛歌として、また、MGM100周年を記念して制作された『ザッツ・エンターテイメント』のテーマソングとしても馴染み深いです。
Danceing in the Dark
考え方で衝突していたトニー(アステア)とギャビー(チャリシー)が夜の公園で繰り広げる魅惑の踊り(Dancing in the dark)です。
このシーンをきっかけに、二人は踊りのスタイルこそ違えど、一つの舞台を作りあげられる確信をつかみ、急速に距離が縮まっていきます。
何とも優雅で洗練の極みのシーンですね。息の合ったダンスは夢のひとときを見ているかのよう……。
2016年のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」で、ロスの夜景をバックに広場で踊るシーンは、まさにこのシーンのオマージュだったのでした。