なぜレンブラントは老いを隠さなかったのか?自画像が教える本当の強さ

現代は「アンチエイジング」や「加工アプリ」全盛時代です。 シワひとつないツルツルの肌が良いとされ、老いることは「劣化」と呼ばれて恐れられる……。

私たちは今、「老い=悪」「劣化」と見なす時代に生きています。 スマホのカメラには自動で肌を補正するフィルターが搭載され、SNSには最高の一瞬だけが切り取られて並ぶ。 そんな加工された完璧さに囲まれていると、ありのままの自分が、ひどく惨めなものに思えてしまうことがありますよね。

もし、あなたが加齢や、思うようにならない現実に自信を失いかけているなら、ある画家の人生を覗いてみてください。 光と影の画家と称される17世紀バロック絵画の巨匠、レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)。

彼は生涯で約100枚もの自画像を残した、いわば美術史における「元祖・自撮り王」です。

しかし、彼が晩年に描いた自画像は、決して「映える」ものではありませんでした。 そこには、私たちの心を震わせる、現実を受け入れる壮絶な強さが刻まれています。

目次

レンブラントの自画像が変化した理由|成功から没落までの人生

レンブラント『24歳の自画像』(1630年)
ストックホルム国立博物館
24歳の自画像

銅板に油彩で描かれていて、顔のモデリングに細心の注意を払った描写。肌の質感や深い陰影を巧みに表現しながら、単なる肖像画ではなく、画家の内面的な側面を捉えようとしている

レンブラント『34歳の自画像』(1640年)
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
34歳の自画像

この絵が描かれた1640年頃、レンブラントは画家として名声の絶頂にあった。 ポーズや構成は、ルネサンスの巨匠たちの名画を意識して描かれている。

しかし単なる成功者の肖像にとどまらず、その瞳にはどこか思慮深く、時には憂いを含んだような人間味あふれる精神性が宿っている。

若い頃のレンブラントは、現代のインフルエンサー顔負けのイケイケな画家でした。

20代で名声を手に入れ、富豪の娘サスキアと結婚し、豪邸に住む。 当時の自画像を見ると、高価な衣装に身を包み、自信満々にポーズをとっています。 まさに「成功した自分」「見せたい自分」です。

サスキア・ファン・アイレンブルフの肖像
(1635年)ナショナル・ギャラリー
Saskia van Uylenburgh
oil on panel 62.5 × 49 cm
サスキア・ファン・アイレンブルフの肖像

1634年に結婚したサスキアは裕福な名家の出身。彼の作品に頻繁に登場する重要なモデルでもあり、レンブラントのキャリアと私生活の両方に大きな影響を与えた。

レンブラントの人生で最も輝かしい時期を支え、彼の芸術にインスピレーションを与え続けた、かけがえのない存在だったと言える。 

しかし、人生の歯車は狂い始めます。 愛する妻や子供たちの相次ぐ死。 浪費による自己破産。 画風の変化による人気の低迷。

すべてを失い、孤独な老人となった彼。 普通なら、そんな惨めな自分の姿など、直視したくないはずです。鏡を見るのも嫌になるでしょう。

しかし、レンブラントは筆を置きませんでした。 彼は鏡の前に立ち、老いて、落ちぶれた自分を、冷徹なまでの観察眼で描き続けたのです。

フィルターのない自画像|レンブラントが老いを隠さなかった理由

レンブラント『63歳の自画像』(1669年)
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
63歳の自画像

この絵は彼が亡くなる数ヶ月前に描かれたとされており、生涯で約80点以上の自画像を残したレンブラントの到達点とも言える作品

若い頃のレンブラントの自画像は、自信に満ち溢れ、華やかな衣装をまとい、劇的な演出がなされていた。しかし、この63歳の自画像には、そうした虚勢が一切ない。

すべてを受け入れた静かな眼差し『63歳の自画像』

  • 感情の彼岸
    悲しみとも、喜びともつかない表情と言える。ここにあるのは、破産や家族との死別といった人生の苦難をすべて経験し、それらを乗り越えた先にある静かなる受容
  • 鑑賞者との対話
    その瞳は鑑賞者を真っすぐ見つめているが、同時に自分自身の内面(あるいは死)を見つめているようでもある。この飾らない魂の露出が、見る人の心を強く揺さぶる。

最晩年の『63歳の自画像』を見てください。 そこには、一切の美肌加工がありません。

たるんだ皮膚、むくんだ顔、白髪交じりの乱れた髪、そして深い悲しみを湛えた瞳。 彼は、自分の顔に刻まれた「老い」や「苦労」を、一本のシワに至るまで克明に描写しました。

なぜでしょうか? マゾヒストだったから? いいえ、違います。 彼は気づいたのです。 外面的な美しさ(若さや富)が剥がれ落ちた後に残るものこそが、人間の本質であると。

彼の代名詞である光と影の技法。 これは単なる明暗のテクニックではありません。 人生の悲しみや喪失を深く知った人間だけが放つことのできる、内側からの光(尊厳)を描こうとしたのです。

若き日の自画像がアクセサリーだとしたら、晩年の自画像はドキュメンタリーです。 飾らない、隠さない。

その圧倒的な正直さが、見る人の胸を打ちます。 「映えない」はずの老人の絵が、どんな美男美女の肖像画よりも神々しく見えるのは、そこに生き抜いてきた人間の真実があるからです。

シワは劣化ではない|レンブラントが描いた老いのリアリズム

レンブラント『自画像』(1669年)

老いを隠さない誠実さ

  • ありのままの表情
    たるんだ皮膚、白髪、深い皺、むくんだ顔。彼は老いを醜いものとしてではなく、人生を刻んだ証として、ありのままに描いています。
  • 威厳
    飾り立てた美しさではなく、朽ちていく肉体の中に宿る人間としての尊厳を描ききった点に、この絵の神髄があります。

デザインの視点で例えるなら、これはテクスチャ(質感)の話に通じるでしょう。

プラスチック製品は、新品の時が一番美しく、あとは傷ついて劣化していくだけです。 しかし、上質なレザーや無垢の木材は違います。 使い込まれ、傷がつき、色が深まっていく経年変化(エイジング)こそが、その素材の価値を高めます。

私たちも同じではないでしょうか。 若い頃の肌のハリは、確かに美しい。 けれど、40代、50代を経て刻まれたシワや表情の癖は、あなたがどれだけ笑い、どれだけ悩み、どれだけの試練を乗り越えてきたかという年輪であり、あなただけのかけがえのないテクスチャです。

レンブラントの晩年の絵筆のタッチは、荒々しく、絵具が分厚く盛り上げられています。 それはまるで、人生の凸凹をそのまま肯定するかのように、力強いマチエール(質感)を放っています。

老いを受け入れるとは何か|レンブラントの自画像が現代人に与える示唆

現代社会は私たちに「いつまでも若くあれ」「完璧であれ」と迫ります。 そのプレッシャーの中で、私たちは自分の「影」の部分をフィルターで隠そうと必死です。

でも、レンブラントは教えてくれます。 「隠さなくていい。その影も含めて、君は美しいのだ」と。

今日、お風呂上がりに鏡を見る時、ため息をつくのをやめてみませんか。 そこにあるシワも、シミも、疲れも。 すべてはあなたが今日まで戦い、生き抜いてきた証です。

レンブラントが描いたように、フィルターを外した生身のあなたには、作り物には出せない重厚な美しさが宿っています。

老いることは、劣化することではありません。 人生という絵画に、深い陰影と色彩が加わり、完成へと近づいていくことなのですから。

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