ヘンデルのオペラやオラトリオは彼の作品の核心の領域といえるでしょう。
その作品の数々は人間の喜怒哀楽が鮮やかに描き出されていて、一度その魅力に触れると「なぜもっと演奏されないのか」というもどかしさを感じるかもしれません。
日本、そして世界的に見て『メサイア』以外の作品の演奏・録音機会が限られている背景には、いくつかの歴史的、技術的、そして興行的な要因が絡み合っています。

なぜヘンデルのオペラやオラトリオは上演されにくいのか?
ヘンデルのオペラやオラトリオが上演されにくい理由として、これまで多くの音楽関係者や専門家から「難しい」という意見がたびたび指摘されてきました。それはおもに次のような理由がネックになると言われています。
高度な歌唱技術とバロック特有の歌唱法が求められる
ヘンデルのオペラやオラトリオが上演されにくい理由の一つは、歌手に非常に高度な技術が求められることです。
ヘンデルは18世紀前半、カストラートをはじめとする当時のスター歌手たちを想定して、多くのアリアを書きました。
そこでは、速い音符を正確に歌いこなすコロラトゥーラ、広い音域、長いフレーズ、細かな装飾、そして感情表現を同時に成立させる必要があります。
しかも、単に「音を正確に歌える」だけでは十分ではありません。
ヘンデルのアリアでは、細かな音符を非常に速く歌う「コロラトゥーラ」と呼ばれる技巧的な歌唱が頻繁に登場します。
その一例として、ヘンデル《セメレ》第3幕のアリア「No, No, I’ll Take No Less」を聴いてみましょう。ここで歌われるセメレは、ジュピターに対して強く自分の願いを迫ります。
コロラトゥーラ技法を実際に聴いてみる
Lea Desandre,Thomas Dunford&Jupiter Ensemble
(Warner Classics)
セメレの抑えきれない欲望や、決して引かない意志の強さが、音楽そのものによって表現されているのです。
実際に聴いてみると、ヘンデルがなぜ当時のスター歌手たちに高度な技巧を要求したのか、その理由が少し分かるかもしれません。
コロラトゥーラ(Coloratura)の主な特徴は以下の通りです。
- 装飾的で急速な旋律:トリル、アルペッジョ(分散和音)、急速な音階進行などの華やかな装飾が盛り込まれた技巧的な歌唱法。
- 超高音域:ソプラノ(コロラトゥーラ・ソプラノ)で用いられることが多く、最高音域(High FやHigh Gなど)まで正確かつ軽やかにコントロールする発声技術が求められる。
- アジリタ(敏捷性):細かい音符を一つひとつあやふやにせず、素早く粒立ちよく歌い分ける俊敏性(Agilità)。
- 極めて高い跳躍:低音域から高音域へ一気に跳び越えるような急激な音程移動。
- 感情の表現技法:元来は役柄の激しい感情(狂気、歓喜、怒りなど)やドラマチックな動揺を視覚的・聴覚的に強調する演出として機能する。
カストラートのパートをカウンターテナーやメゾソプラノの歌手が担う
さらに難しいのが、ヘンデル作品に頻繁に登場するカストラートの役です。
現在ではカストラートは存在しないため、その役をカウンターテナーやメゾソプラノなどが歌います。
この代役は簡単ではありません。何よりもヘンデルが想定した声の性質や音域、華麗な技巧を、現代の歌手たちがどのように再現するのかという問題が生じてしまいます。
幸い、現在ではカウンターテナーをはじめとするバロック音楽を専門とする優れた歌手が数多く活躍するようになりました。しかし、誰でも簡単に歌える役ではないことは、ヘンデル作品の上演を考えるうえで大きなポイントです。
その声がどのようなものなのか、実際に聴いてみましょう。
カウンターテナーの歌声を実際に聴いてみる


この動画を YouTube で視聴
ヘンデル《Mi palpita il cor》より
「Ho tanti affanni in petto」
カストラート(Castrato)の主な特徴は以下の通りです。
- 変声期前の歌声の保持:第二次性徴期を迎える前に去勢手術を行うことで、変声期(声変わり)を経ずに高音域の声を維持した男性歌手。
- 強力な肺活量と声量:骨格や胸郭は成人男性として大きく発達するため、女性ソプラノ歌手を大きく上回る圧倒的な肺活量と声量を備えていた。
- 驚異的なブレスコントロール:一度の息で一分近くにも及ぶ長いフレーズを歌い継ぐことができる、超人的な呼吸技術を持っていた。
- 広大な音域と柔軟性:ソプラノやアルトの最高音域から男性的な低音域までをカバーし、コロラトゥーラのような超絶技巧の装飾旋律を自由自在に歌いこなした。
カウンターテナーは、成人男性でありながら非常に高い音域を歌う歌手です。
現在では、ヘンデルやヴィヴァルディなどのバロック音楽をはじめ、幅広いレパートリーで活躍しています。
ダ・カーポ・アリア― 繰り返しの中に感情の変化を描く
ヘンデルのオペラを聴いていると、よく登場するのが「ダ・カーポ・アリア」です。
基本的には「A-B-A」という3部構成になっていて、最初のA部分が最後にもう一度戻ってきます。
一見すると「同じメロディーを繰り返しているだけ」のようにも思えますが、ここにヘンデルの面白さがあります。
歌手は最後のA部分で、装飾音や細かな変化を加えながら、最初とは違った感情を表現することができます。
つまりダ・カーポ・アリアの繰り返しには、「同じ旋律を繰り返す」のではなく、「同じ感情をもう一度見つめ直す」という意味があります。
この聴き方が分かると、ヘンデルの長いアリアも、まったく違ったものとして聴こえてきます。実際に聴いてみると、その魅力がよく分かります。
ダ・カーポ・アリアを実際に聴いてみる


この動画を YouTube で視聴
マグダレナ・コジェナー(メゾソプラノ)
ダ・カーポ・アリアの主な特徴は以下のとおりです。
- ABAの3部形式:全体が「Aセクション」「Bセクション」「Aセクション」の3つの部分で構成される歌唱形式。
- 冒頭への戻り(ダ・カーポ):「Da Capo」はイタリア語で「頭から(最初から)」を意味し、Bセクションが終わると楽譜の頭(A)に戻って歌う。
- 対比される中間部(Bセクション):Aセクションとは調性(主調→近親調など)、テンポ、曲想、歌詞の感情をガラリと変え、変化をつける。
- 2回目のAでの即興装飾:再び歌う2回目のAセクションでは、歌手が自分の技術を示すために即興でトリルや高い音などの華やかな「装飾」を加えて歌う。
長大な作品を支える専門的な演奏体制
もう一つの問題は、歌手だけでなく、指揮者、オーケストラ、合唱、演出家まで含めて専門性が求められることです。
ヘンデルの作品では、当時の演奏習慣を理解したうえで、装飾やテンポ、アーティキュレーションなどを考える必要があります。
そのため、ヘンデルを本格的に上演するには、単に楽譜を演奏できるオーケストラを集めるだけでは十分ではありません。こうした「専門家を揃える難しさ」が、一般的なオペラ作品に比べて上演のハードルを高くしています。


なぜ日本では『メサイア』ばかり有名なのか?
メサイアは日本で広まりやすい環境があった
ヘンデルの作品の中で、日本で特に知名度が高いのがオラトリオ《メサイア》です。
その理由の一つは、《メサイア》が合唱を中心とする作品であり、日本の合唱文化と非常に相性がよかったことです。
実際、日本では明治期から《メサイア》の一部が演奏されており、1920年代には全曲演奏が本格化しました。音楽学者・津上智実氏の研究によれば、1925年12月20日に東京で全3部を含む演奏が行われ、その後1927年にも大阪と東京で演奏されています。
また、1920年の世界日曜学校大会で約1,000人の聖歌隊が《メサイア》の合唱曲を歌ったことも、その後の受容に影響したとされています。
つまり、《メサイア》は日本で自然に「ヘンデルの代表作」になったというより、合唱を通じて広がる土台が早い時期から形成されていたと考えることができます。
クリスマスとの結びつきが強かった
さらに大きいのが、クリスマスとの結びつきです。
《メサイア》はキリストの生涯を題材とした作品であり、第1部には降誕を扱う音楽が含まれています。
そのため、日本でも12月の演奏会として定着しやすくなりました。
現在でもサントリーホールでは、バッハ・コレギウム・ジャパンによる《メサイア》のクリスマス公演が恒例となっており、2025年には25回目を迎えています。
こうして、
ヘンデル=《メサイア》=クリスマス
というイメージが、日本の音楽ファンの間にも強く定着していったのです。
しかし、
ヘンデル=《メサイア》ではない
ここで注意したいのは、《メサイア》が有名だからといって、ヘンデルの作品世界が《メサイア》だけで代表できるわけではないということです。
ヘンデルは生涯に数多くのオペラやオラトリオを作曲しました。
・《サウル》では嫉妬と狂気
・《テオドーラ》では信仰と愛
・《セメレ》では欲望と野心
・《イェフタ》では父と娘の悲劇
が描かれます。
つまり、ヘンデルは「宗教音楽の作曲家」というだけではありません。
むしろ彼の作品には、愛、嫉妬、怒り、野心、絶望、希望、信仰といった、人間の生々しい感情を描いた非常にドラマチックな音楽が詰まっています。
《メサイア》を入口にして、そこから《サウル》や《テオドーラ》へ進むと、「こんなヘンデルもいたのか!」という発見があるはずです。


「録音が少ない」と感じるのはなぜ?ヘンデル録音の特殊事情
実際には録音が少ないというより、目立ちにくい
ヘンデルのオペラやオラトリオについて、「そもそも録音が少ないのでは?」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、実際には主要作品を中心に多くの録音が存在します。問題は、録音そのものがないというより、録音のスタイルが時代とともに大きく変化してきたことです。
昔のヘンデルと現在のヘンデルでは演奏スタイルが違う
20世紀のヘンデル演奏では、現代の大編成オーケストラを使い、重厚で壮大な響きを作る演奏も少なくありませんでした。
ところが20世紀後半になると、バロック時代の楽器や演奏習慣を研究し、当時の音楽に近い形を目指す歴史的情報に基づく演奏(HIP)が発展します。
古楽器を用いた小編成のオーケストラ、軽快なリズム、明瞭なアーティキュレーション、歌手による装飾などによって、ヘンデルの音楽は以前とはまったく違った表情を見せるようになりました。
そのため、かつて高く評価された録音であっても、現代の耳からすると「重い」「テンポが遅い」と感じられることがあります。
録音の数だけではなく、聴かれ方が変わった
さらに現在は、CDだけでなく、配信サービスや動画サイト、歌劇場のデジタル配信など、作品に触れる方法そのものが変化しています。
そのため、「CDショップで見かけない=録音がない」という時代ではありません。
むしろヘンデルの場合、
CD → 配信 → 歌劇場の映像 → ライブ・ビューイング
と作品との接点が広がっています。
これは、オペラやオラトリオを「音だけ」ではなく、舞台作品として体験できる機会が増えているという点でも重要です。


実はもうヘンデル再評価の波が押し寄せている!
上演されない作曲家から再発見が進む作曲家へ
ここまで読むと、「では、ヘンデルのオペラやオラトリオは今も不人気なの?」と思うかもしれません。
実はここ20〜30年で、欧州を中心にヘンデル再評価の波が押し寄せています。『サウル』や『テオドーラ』などの名作が、一流の古楽器団体による公演や新録音が次々と登場しているのも、その潮流と言えるでしょう。
その背景には、古楽演奏の成熟、バロック音楽を専門とする歌手の増加、そして現代の演出家たちによる大胆な舞台づくりがあります。
《サウル》が示した現代演劇としてのヘンデル


この動画を YouTube で視聴
Handel-Saul(Act1)HWV53-Handel
The English Concert
その象徴の一つが、2015年のグラインドボーン音楽祭で上演されたバリー・コスキー演出の《サウル》です。
《サウル》は聖書を題材にしたオラトリオですが、舞台上では単なる宗教作品としてではなく、嫉妬、権力、家族、狂気、愛憎が交錯する心理劇として描いたのでした。
こうした演出によって、ヘンデルの音楽が「古い宗教音楽」ではなく、現代の観客にも十分に届くドラマとして再発見されたのです。


《テオドーラ》も現代の舞台で再評価されている


この動画を YouTube で視聴
《テオドーラ》も、現代におけるヘンデル再評価を象徴する作品です。
信仰、愛、迫害、自由といったテーマは、18世紀の物語でありながら、現代の観客にも決して遠いものではありません。
そのため、現代の演出家によって作品の持つ心理的・社会的な側面が掘り下げられています。


《セメレ》は特にオペラ的な魅力が強い


さらに面白いのが《セメレ》です。
ギリシャ神話を題材とする《セメレ》はオラトリオとして作曲されましたが、その内容は非常にオペラ的と言えるでしょう。
愛、嫉妬、権力、欲望、虚栄心などが入り乱れ、登場人物たちの関係も実に人間くさい。
だからこそ現在では、「オラトリオだから難しい」ではなく、「実は非常に面白いドラマ作品」として舞台化が可能なのです。
このように考えると、ヘンデルのオラトリオは、現代の演出家にとって非常に魅力的な素材であることは間違いありません。


ヘンデルのオペラ・オラトリオはなぜ今、面白いのか?
古い音楽ではなく、人間ドラマとして楽しめる
ヘンデルのオペラやオラトリオが現代の観客にとって面白い最大の理由は、300年前の音楽なのに、驚くほど現代にそのまま通じる人間像を描いているからです。
登場人物たちは、
・愛する
・嫉妬する
・怒る
・権力を求める
・傷つく
・絶望する
・許す
という、現代人に共通するさまざまな感情を抱えています。
だからこそ、物語の背景をすべて理解していなくても、アリアを聴いているうちに、
「この人は、ものすごく苦しんでいるんだな」
「この人は本当に相手を愛しているんだな」
と感じることができます。
ダ・カーポ・アリアは感情の時間を味わう音楽
ヘンデル作品を初めて聴く人にとって、最初の壁になりやすいのがダ・カーポ・アリアです。
しかし、この形式を「同じ音楽を繰り返している」と考えると、面白さが半減してしまいます。
むしろ、
最初に感情が提示され、音楽が別の方向へ進み、再び最初の音楽へ戻ったとき、その感情をより深く味わう
と考えると分かりやすくなります。
歌手の装飾や表情の変化にも注目すると、同じアリアでも印象が変わります。
これはヘンデルを聴く大きな楽しみの一つです。
合唱が物語を動かす
そして、ヘンデルのオラトリオでは合唱にも注目したいところです。
《メサイア》の「ハレルヤ」のような華やかな合唱だけではありません。
合唱はときに群衆となり、社会となり、登場人物を取り巻く世界そのものになります。
独唱者が個人の感情を歌い、合唱が大きな世界を描く。
この対比によって、ヘンデルの音楽には非常に大きなスケールのドラマが生まれます。
現代の映像で観ると、さらに分かりやすい


そして現在のヘンデル作品を楽しむうえで、ぜひ活用したいのが映像です。
音だけで聴くと、「アリアが長いな」と感じる作品でも、舞台上で歌手がどのような表情をし、どのように動き、演出家がどのような空間を作っているのかを見ると、物語が一気に分かりやすくなります。
特に《サウル》《テオドーラ》《セメレ》などは、映像で観ることで「ヘンデル=古い宗教音楽」というイメージが大きく変わる可能性があります。
海外の歌劇場や音楽祭による配信、映像作品、ライブ・ビューイングなどを利用すれば、日本にいながら世界の舞台に触れられるのも、現在ならではの楽しみ方です。


古楽演奏(HIP)の成熟とスター歌手の誕生
1970~80年代から始まった「ピリオド楽器(当時の楽器)による歴史的情報に基づく演奏(HIP)」の運動が21世紀に入って完全に成熟し、現代の観客にダイレクトに響く、スピード感とエッジの効いた演奏が可能になりました。
さらに、ヘンデルの超絶技巧や深い叙情性を歌いこなせる、現代の優秀なカウンターテナーやバロック専門のソプラノ・メゾソプラノが数多く登場したことも、上演頻度の急上昇を強力に後押ししています。
今後の楽しみ方として
最近では、海外の主要な歌劇場(グラインドボーン音楽祭やメトロポリタン歌劇場など)が、最新の演出を施したヘンデル作品をデジタル配信やライブ・ビューイングで提供するようになっています。
これらは動きがなくて退屈というバロック・オペラのイメージを覆す、非常にエキサイティングなものです。
まとめ
かつては「厳かに起立して聴く宗教曲」というイメージの強かったヘンデルのオラトリオですが、2010年代後半以降の現代においては、「人間の愛憎、権力闘争、精神の救済を生々しく描き出す、最高のエンターテインメント・ドラマ」として、世界のオペラ界の最前線を走るコンテンツになっているのが現状です。
ヘンデルの合唱曲が持つ、あの押し寄せるようなエネルギーと演劇的なダイナミズムは、現代のオペラハウスの空間でこそ、いっそう凄みを増して響くのかもしれません。
















