18世紀の歓びや哀しみが現代に蘇る
古楽の世界的な名手であり、18世紀オーケストラを設立して指揮活動も盛んに行ってきたフランス・ブリュッヘンがこの世を去ってから5年の歳月が流れようとしています。
クラシック界にとってかけがえのない人を失ってしまったという喪失感は大きいものがありました……。
ブリュッヘンの偉業については改めて申しあげるまでもないでしょう。
リコーダー奏者として、古楽の魅力を全世界にアピールし続けてきましたし、指揮者としてもモーツァルト、ベートーヴェンをはじめとするセンセーショナルな表現で強烈なメッセージを世に送り続けてきたのです。
さて先日、彼が指揮したラモーの管弦楽集を聴いたのですが、改めて並みはずれた表現力と音楽性の高さを実感することになりました。
それは同時にラモーの音楽の素晴らしさや隠れた美しさをあますところなく伝えることにもつながったのです…。
ラモーの音楽は魅力の宝庫
このアルバムはラモーのオペラ「レ・ボレアド」および「ダルダニュス」の中から、有名な管弦楽曲をセレクトしたものです。
バロックとは言うものの、多くの方にとってラモーの音楽はあまり馴染みがないかもしれませんね。
しかし、ラモーは活動の舞台は違えども、バッハやヘンデルとほぼ同時代の作曲家だったのです。
実はラモーの音楽は、他の作曲家にない魅力がいっぱいなのをご存知でしょうか?
彼が作曲したオペラ・バレ(オペラにバレエの要素が加わった作品)には舞踊曲と呼ばれる管弦楽曲がたくさん入っています。
バッハやテレマンのように対位法によるかっちりした作風ではありません。しかし、和声の進行を基軸にした優雅でデリケート、そしてパステルカラーのように色彩豊かな楽器の調べは心をとらえて離さないのです。
七色の光の輝きのようにニュアンス豊かで、純粋可憐な音色、美しいハーモニーは聴くたびに夢見心地にさせてくれます。
正直なところ、これほど楽しく美しい舞曲、管弦楽作品はないのではないでしょうか。
優しく語りかけ、心に染み渡るハーモニーはラモーの何よりの魅力でしょう。
柔らかな音色と透明感あふれるハーモニーはフランスバロックの粋を味わう歓びで心を満たしてくれます。
心にも耳にも贅沢な音楽体験を約束してくれる最高の癒やしの音楽といっていいでしょう。
ラモー作品との相性は抜群
さて、ブリュッヘンのアルバムですが、2作品の中から特に有名な序曲や舞曲を集めています。
ブリュッヘンの演奏の凄いところは、決して媚びないところでしょう。
ラモーの管弦楽というと、とかくあっさり流したり、明るく軽快なテンポで表現する人が多い中、彼は全体的にゆったりめのテンポで音楽の本質に深く入り込んでいこうとするのです。
これだけゆったりのテンポ設定だと、かつてのモダン楽器の演奏のように重たくて違和感が出てくるはずなのですが、この演奏にはそれがありません。
楽器もしっかり鳴らし、フレーズの呼吸が深いために、安心して音楽に身を任せることができるのです。
楽器の響きはとても意味深く存在感があるし、ラモーの音楽を聴く喜びがまったく犠牲にされていません。
ブリュッヘン自身がソリストだったこともあるからでしょうか、フルートやファゴットなどの独奏楽器の表現からは深い叡智の響きが伝わってくるのです。
しっとりとした哀愁が漂い、格調高く雰囲気満点の演奏に仕上っているのです。
おそらくラモーの音楽への共感が強く、愛情に満ちているからこそ成し遂げられる至芸なのでしょう。