研ぎ澄まされ、輝きを放つバロック協奏曲 ヘンデル「合奏協奏曲作品6」① 第1番〜第4番

バロックの代表的な協奏曲

汲めども尽きないインスピレーション

ヘンデルの出身地・ハレ(ドイツ・ザクセン=アンハルト州)

 

合奏協奏曲作品6(全12曲)は、ヘンデルの作品の中で最も端正なスタイルを持った魅力的な作品です。

汲めども尽きないインスピレーション、叡智に満ちた音楽性、ヘンデル作品においても絶対に外せない純粋な音楽的魅力にあふれた作品といっていいでしょう。

 

ヘンデルは同じスタイルの合奏協奏曲作品3(全6曲)を1734年に作曲していますが、この作品6での深化は驚くほどで、変幻自在な曲調の多彩さには目を見張るばかりです。

また合奏協奏曲は簡潔に書かれているのですが、物足りなさは一切ありません。全編を通じてスタイルも内容も研ぎ澄まされ無駄がないのです。

聴いていても疲れないし、聴き飽きることもないでしょう……。これは本当に驚くべきことです!

この12曲の作品をわずか1か月で書き上げてしまうヘンデルの速筆ぶりにはただただ驚くしかありません!

 

他の作曲家との比較

音楽のスタイルはコレッリの合奏協奏曲によく似ています。

弦楽器を主体にして、端正で格調高い作品となっているのは両者に共通するところです。

コレッリの合奏協奏曲との大きな違いは作品の指向性や多様性でしょう! 

コレッリの作品は宮廷の広間で演奏されれば、とてもマッチするだろうと思われる洗練された響きがあります。

それに対してヘンデルの合奏協奏曲はコレッリの洗練に加え、さらに自然の息吹が散りばめられ、一様に動的で求心力が高いのです。

劇的な進行や、崇高な詩情、翳りの濃い表情など、ヘンデルの音楽的魅力がギュッと凝縮されているのです。

また、合奏協奏曲作品6はバッハのブランデンブルク協奏曲とよく比較されることが多い作品です。

様々な楽器が活躍し、綿密に曲の構成が施されたブランデンブルク協奏曲と比べると合奏協奏曲作品6はやや単調に聴こえなくもありません。

しかし、即興的な面白さや何度聴いても飽きない潜在的な曲の魅力では、むしろ合奏協奏曲作品6が優っているのではないかと思えるほどです。

希望や喜び、悲しみ等がごく自然な形で昇華され、曲に反映されているのです。

 

演奏家を選ぶ作品

ただし、この合奏協奏曲は演奏によって大きく様変わりします。

しかも曲に対する印象だけでなく、演奏が平凡だと作品までもつまらなく聴こえてしまう恐れがあるので、CDを選ぶ際には注意が必要かもしれません。

そのようなことを踏まえた上でCDを選ぶとなると、かなり限定されてしまうことが分かります。

やはりヘンデルの作品を熟知し、曲を愛するいわゆるスペシャリストでないと本質を表現しきれないのでしょうか。

推薦したい演奏はアウグスト・ヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラ・カントルーム合奏団(アルヒーフ・廃盤)、カール・リヒター指揮ミュンヘンバッハ管弦楽団(アルヒーフ)ボイド・ニール指揮ニール弦楽合奏団(DECCA・グリーンドア)オルフェウス室内管弦楽団(グラモフォン)になります。 

特にヴェンツィンガー盤とニール盤は古い演奏ですが、何度聴いても飽きない味わい深い名演で、この作品の魅力を余すところなく伝えてくれます。

ヴェンツィンガー盤の典雅で豊かな音の響き。ニール盤の繊細で温もりのある演奏。本当に見事です! ただ残念なことにヴェンツィンガー盤は現在も廃盤中です。

 

合奏協奏曲 第1番 ト長調 HWV319

合奏協奏曲作品6の始まりにふさわしく、新鮮で爽やかな曲調が心地よい作品です。

心を鼓舞し、エネルギーにあふれるヘンデルの音楽! 春の到来を想わせる希望に満ちた弦楽器のパッセージがとても印象的です。

聴きどころ

第1曲の冒頭

何かが始まるような予感がする……。そんな新鮮な心のときめきや希望を抱かせる音楽です!

冒頭のはっとするような懐かしい主題に、心が引きつけられますね。

心の内面を見つめるアダージョ

第3曲のアダージョは心の内面を見つめるようなヴァイオリンの音色が印象的。

決然としたフーガ

第4曲のアレグロはこの作品の核心の部分で、自由なフーガによる決然とした曲調が希望や喜び、憧れの想いを更に膨らませていきます。それを受けるフィナーレのジーグも晴朗で快活なメロディが曲を大いに盛り上げていきます!

オススメ演奏と録音

オルフェウス室内管弦楽団

Orpheus Chamber Orchestra

 

オルフェウス室内管弦楽団の演奏は指揮者を置かず、各奏者の自発的な感性によって生み出されたものです。HWV319はそのような個々のオリジナリティがプラスに出た結果と言えるでしょう。

弦楽器の透明感を漂わせた美しさ。モダン楽器なのですが、野暮ったさはまったくなく、しなやかで卓越した音楽性等、本当に素晴らしいです。

特に第3曲アダージョの中間部でソロの弦楽器が歌い交わす美しさは恍惚としたひとときを約束してくれます。

合奏協奏曲 第2番 ヘ長調 HWV320

第2番は「田園の抒情詩」と表現されることがあるように、自然への感謝がテーマになっています。

しかもその想いは第三曲のラルゴや第四曲のフーガで溢れんばかりの愛が注がれた自然賛歌となり、天上の響きへとつながっていくのです……。

聴きどころ

第1曲の主題

第1曲のみずみずしい楽曲は爽やかな風、穏やかな光を想わせ清々しい余韻を残します。

第2曲のアレグロもシンプルな曲の構成と可愛いらしい主題の進行に胸が高鳴っていきます。

ラルゴの自然な息づかい

短いけれども曲の核心と言えるのが第3曲のラルゴ!

何度も立ち止まり、自然のささやきを聴き入るようなソロヴァイオリンとオーケストラのやりとり! 

中間部からは雨上がりの草木が光を浴びて輝きを放つように曲調が神々しさを増し加えていきます。ここは何回聴いても素晴らしいですね! 単純で簡素な主題から、これほどまでに深い意味を持たせるヘンデルの芸術性の高さには舌を巻きます……。

胸が高鳴るフーガ

チャーミングなラルゴのあとに続くのがフィナーレのフーガです。

このフーガは自然賛歌を締めくくるにふさわしい、宇宙的な意思に貫かれた胸が高鳴る音楽と言えるでしょう!

オススメ演奏

ボイド・ニール=ニール弦楽合奏団

Boyd Neel Orchestra

ボイド・ニール指揮ニール弦楽合奏団の演奏(1953年盤)が最高です。 ニールはこの作品をとても大切にしているようで1938年盤の演奏も素晴らしい出来ばえでした。

情感豊かな演奏で繊細な表情を見事に捉えています。特にラルゴの魅力は筆舌に尽くし難く、ちょっとした気分の変化に敏感に反応し入魂の名演奏を成し遂げています。

 

合奏協奏曲 第3番 ホ短調 HWV321

聴きどころ

第1曲の深い森を想わせる幽玄な響きが印象的です。

心の嘆きを内に秘めながらも重々しくならず、第4曲のポロネーズのように変化に富んでいてウイットにあふれた音楽はヘンデルの醍醐味と言えるでしょう。

第2曲アンダンテのフーガ

第1曲の序奏で憂いを帯びた物悲しい弦の調べに続き、第2曲アンダンテでは回想のシーンのように曲の全体的なイメージが映し出されます。

第4曲ポロネーズ

この曲で最も印象的なのは第4曲ポロネーズでしょう。

舞踊風の独特のリズムとテーマはそれまでの鬱積した気分を一掃させるような愉しさと生命のエネルギーに満ちているのです。

最高に上機嫌で屈託のない笑い声が聴こえてきそうな音楽が何とも心地いいです!

オススメ演奏

ヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラカントルーム

LP時代の最高の名盤、アウグスト・ヴェンツィンガー指揮バーゼルスコラカントルーム管弦楽団の名演奏が未だにCD化されてないのは本当に不思議です。

CDが発売されることを首を長くして待っているのですが、現在の状況では今後も期待できそうにありません。このままこの録音が時間の流れと共に忘れ去られなければいいのですが……。

演奏はどこまでも優雅で滋味あふれる響きが心地よく、3番の本質を堪能できます。

オルフェウス室内管弦楽団

 

オルフェウス室内管弦楽団の演奏は柔らかでフレッシュな弦の響きや、フレーズの自然な息づかいなど、HWV.321の本来あるべき美しさを充分に聴かせてくれます。

第4曲ポロネーズが決して浮ついた音楽にならないところはさすがですし、それにも増して合奏のハーモニーの透明感や美しさ、楽しさは格別です。

合奏協奏曲 第4番 ホ短調 HWV322

この作品は合奏協奏曲作品6の中で最も芸術的な香り高い作品でしょう!

各曲が有機的に発展していく関係を保ち、ギリシャ彫刻のように高い次元で結晶化されています!つまり、 全4曲がめくるめく感動と驚きの中であっという間に終ってしまうような感じがするのです……。

聴きどころ

第1曲の美しく澄み切った旋律は崇高な哀しみがひたひたと伝わってきます!

第2曲アレグロのフーガ

さらに第2曲では目の覚めるような厳しいフーガがとめどなく打ち寄せる波のように展開され、聴く者の心を圧倒します。

第3曲ラルゴ

厳しい2つの楽章を受けるのが優美な第3楽章のラルゴです!

特別な主題は持ちませんが、天上から降りそそがれる光のヴェールのように深い充足感を与えてくれることでしょう!

第4曲も誇張された表情はありませんが、その強靭な足どりと安定した曲調は最高です。

オススメ演奏

ヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラカントルーム

August wenzinger(1905-1996)

現在廃盤なので、少々気が引けますが演奏が素晴らしいため採り上げておきます。

ヴェンツインガー指揮バーゼルスコラカントルーム管弦楽団はテンポの設定や間の取り方が絶妙で、ストレートにこの作品の美しさや本質を実感できます。特別なことは何もしていないはずなのに音楽から風格や透明な詩情が漂ってくるのです。

オルフェウス室内管弦楽団

オルフェウス室内管弦楽団の演奏はヴェンツインガー盤に比べるとやや線が細い感じがしないでもありませんが、磨き抜かれたアンサンブルの精緻さが最高に発揮されています。

第1曲の祈りに満ちた表情、第2曲の雄弁で直線的なフーガは素晴らしく、第3曲ラルゴの透明感漂う夢のような情緒も素晴らしいです!

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