オラトリオに活路を見出したヘンデルの最高傑作! ヘンデル「サウル」

 

あらすじ

サウルは神から遣わされた初代のイスラエル王だった。

そこに勇敢で、戦争では大きな手柄を立てる羊飼いの青年ダビデが現れる。すでに民衆はダビデを英雄のように迎えるのだった。

ダビデを息子のように愛していたサウルだったが、次第に神からも民衆からも支持され賞賛されるダビデに強い嫉妬心を抱くようになる。

その後サウルはアマレク人との戦いで神に反逆し、信頼を失ってしまう。それを受けて預言者サムエルは神の命のもと、ダヴィデを国王にすべく彼に香油を注ぐのだった。

一方、ダビデの快進撃はとどまらない。ペリシテ人との戦いで大勝利を収めたダビデにサウルは激しく嫉妬し殺害を計画する。しかし、息子のヨナタンやダビデの妻ミカル(サウルの娘)のはからいでダビデは難を逃れる。

行く末に不安を覚えたサウルは神に願いを求めるが、答えはすでに「サウルを見放した」というものだった。

イスラエル軍はペリシテ人の軍勢に追いつめられ、サウルと息子のヨナタンが戦死する。 ミカルと姉メラブから、そのことを聞いたダビデはその死を深く嘆くのだった。

聴きどころ

第一幕 イスラエル民族による勝利と栄光の賛歌、合唱 ◆アリアを挟みながら、神の偉大さを讃える長大な合唱

カリヨンの響き イスラエル民族の合唱 ◆民衆がダビデを歓迎する歌を歌うものの、歌詞を聞いたサウルが侮辱されたとして怒る。ダビデは竪琴を弾いて怒りをなだめようとするが、サウルの怒りはおさまらない。サウルが槍をダビデに投げつける。

第二幕 

ミカル、ダビデ、二重唱 ◆ミカルが父からの許しを受けて、ダビデと正式に結婚することになり、二人で愛の喜びを歌う

第三幕 

合唱と司祭 ◆メラブ、ダビデ、ミカルが、戦いによって亡くなったサウルとヨナタンを哀悼する歌を歌う

合唱 ◆イスラエル民族がサウルが失った国は、必ずやダビデが奪還することを神に宣言する高らかな合唱

 

 

今改めてヘンデル作品を世に問う

ヘンデルの生まれ故郷、ドイツのハレ

ヘンデルはバロック音楽の巨人です。

同い年のもう一人の雄バッハと並んで、その音楽は一つの時代にとどまらず、明らかに遥か先を見据えていたのでした。

バッハが宗教音楽やオルガン曲などの教会音楽中心の作曲をしたのに対して、ヘンデルは劇場中心にオペラやオラトリオを精力的に作曲し活動した人で、それはまさに対照的な生涯だったといえるでしょう。

ヘンデルにとって世俗文化を象徴するオペラ作曲家という肩書きは、教会文化の象徴でもあるオラトリオを作曲する際の障害にはならなかったようです。

 

むしろオペラ作品で培ったノウハウやメリットをオラトリオでも最大限に生かすという手法をとったと言えるかもしれませんね……。

たとえばオラトリオならば、アリアであっても赤裸々に人物の感情を吐露したり、内面を描くのは好ましくないという風潮が一般的でした。

しかしヘンデルのオラトリオは個々の登場人物の性格づけが明確で、いわゆる「キャラが立っている♩」人たちばかりなのです。

それは後年のモーツァルトのオペラに出てくるフィガロや夜の女王、パパゲーノのように魅力に溢れたキャスティングが音楽や舞台を魅力的にするのと一緒ですね!

 

オペラ的手法をオラトリオに生かす

‘David playing the harp before Saul’,c.1750/55. -Oil on canvas, 34 x 44.8cm.
Bremen, Kunsthalle.

 

ヘンデルの最大の魅力はオペラ、オラトリオにあると言われていますが、「サウル」が作曲された1739年はヘンデルにとって大きな転機にさしかかっていました。

ヘンデルのオペラはイタリアやロンドンで大喝采を浴びていたものの、1737年に彼が所属する王立音楽アカデミーは、ずさんな経営がたたり倒産してしまいます……。もはやオペラを作曲し続けるのは困難な状況になってしまったのでした。

しかしヘンデルはそんなピンチを、鮮やかな変わり身で難局を乗り越えていきます。

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そして遂にヘンデルは、オラトリオ史上類を見ないドラマチックな一大巨編「サウル」を発表するに至ったのです!

「サウル」の素晴らしいところは、聖書をテーマにして歴史の教訓を描いているところではありません。 一時も飽きさせない生き生きした人間ドラマになっているところが最大の魅力なのです。

 

全編で聴きどころが満載!

 

ベートーヴェンはヘンデルの作品を熱烈に愛したといいます。それは「サウル」のような強靭で懐の深い音楽を好んでいたからなのかもしれませんね…。

「サウル」はヘンデルがあらゆる技法や要素を注ぎ込んだ意欲作で、オラトリオの歴史に燦然と輝く最高傑作と呼んでも過言ではありません。

特に素晴らしいのは劇中の重要なシーンを彩る優れた合唱の数々です。

序曲に続くイスラエル民族の神を讃える合唱は、アリアや重唱を挟みながら約10分にもおよびます。巧みな表情、圧倒的な高揚感を描き出し、壮大なクライマックスを築いていくのです。

他の合唱も要所要所でドラマを支え、意味深く響きます。

第2幕でサウルが自分を見失って破滅の道を突き進む様子を嘆く合唱。フィナーレでイスラエル民族がダビデを讃えつつ、新たな出発を神に宣言する合唱。

目を見張るくらい聴き応えのある合唱が続出し、「サウル」の物語に真実味と説得力を与えていくのです。

 

サウル、メラブ、ダビデ、ヨナタンなどのそれぞれのアリアはもちろん魅力的です。

間奏として挿入されるシンフォニアや葬送行進曲なども色彩豊かで変化に富んだ「サウル」の世界観を創りあげるのに大きく寄与しています。

タイトル・ロールのサウルのアリアは数が少ないのですが、激情、怒りをあらわにするアッコンパニャート(管弦楽を伴う音楽的なセリフ)の充実ぶりが一聴に値します。サウルの性格や想いがものの見事に表現されているではありませんか!

またダビデが奏でるハープやカリオン(竪琴を真似た)も、ともすれば陰鬱な雰囲気に埋没しかねない展開を防いでいるし、音楽に心地よいアクセントを与えているのです。

 

オススメの名演奏

「サウル」は21世紀に入ってから録音された演奏が断然いいですね。

しかも20世紀は録音が意外に少ないのに気づきます。なぜこれほどの魅力作が……、という感じですが、やはり作品自体があまり理解されてなかったんでしょうかね……。

現在は世界中のあらゆるところで「サウル」の公演が行われていることを思うと、急速にヘンデルの作品自体が見直されてきているのでしょう。

クリストファーズ盤

初心者を含めて、録音で真っ先におすすめしたいのが、ハリー・クリストファーズ指揮シックスティーン(CORO)です。

まず大音量で圧倒するのではなく、楽器をしっかり鳴らし、自然に導き出された響きを生み出しているのがいいですね!

しかも奇を衒わない正攻法なスタイルが心地よく、「サウル」の演奏によくありがちな重苦しい雰囲気がまったくありません。

大音量で圧倒するのではなく、作品をよく理解した上で自然に導き出された響きを実現しているのです。

シックスティーンの合唱も素晴らしく、特に第一幕の最後の合唱「栄光に満ちたあなたの名のため」のゾクゾクするほど奥ゆかしく透明感の際立つ歌声にしびれてしまいます!!

 

ヤーコプス盤

オペラ的な面白さやニュアンスの豊かさでは文句なしにヤーコプス盤(ハルモニア・ムンディ)ですね。

とにかくヤーコプスの聴かせ上手には驚かされます。「サウル」のドラマをこんなに生き生きとメリハリ豊かに表現できるのはおそらく彼だけかもしれません。

しかもソリストたちが揃って優秀で、それぞれのアリアの生き生きとした表情に思わず聴き入ってしまいます……。

RIAS室内合唱団のうまさも音楽を見事に引き締めていますね!

 

マクリーシュ盤

粒揃いの歌手たち、嫌味のないしっかりした音楽性、全体的な完成度では、ポール・マクリーシュ指揮ガブリエル・コンソートプレイヤーズ(アルヒーフ)をおすすめします!

歌手ではダビデ役のアンドラーシュ・ショルが特上の出来栄えで、サウルのニール・デイビス、ミカルのナンシー・アージェンタ、メラブのスーザン・グリットンなども素晴らしい仕上がりぶりです。

最も安心して聴ける「サウル」の決定盤かもしれません。

 

ブッダイ盤

どうしても挙げたいのがユルゲン・ブッダイ指揮ハノーヴァー・ホーフカペレ、マウルブロン修道院室内合唱団(K&K)です。

管弦楽も合唱も全体的に地味な印象ですが、その代わり内面的な表現は前三者より優れています。

本質をしっかり捉えた管弦楽、合唱、アリアなどの彫りの深さは他にはないもので、聴くたびに「サウル」の懐の深さを実感する演奏です。

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