甘く切ないメロディ
ラフマニノフはクラシックの作曲家の中ではメロディメーカーとして一目置かれる存在です。
活動した時代が19世紀後半から20世紀前半だったため、音楽の様式、スタイルが現代のリスナーにも比較的受け入れやすいということもあるのでしょうね。
20世紀前半といえば、ちょうどジャズやポップス、民族音楽など、さまざまな音楽の要素がクラシック音楽に組み込まれ、多様化が際立ってきた時代です。
そしてクラシック音楽の世界でも、主流であったソナタ形式や調性音楽が翳りを見せ、シェーンベルクをはじめとする無調音楽が新たな主流となってきたのでした。
そんな中、ラフマニノフはブラームスやチャイコフスキーといった19世紀ロマン派の香りを受け継ぐ数少ない作曲家の一人だったのです。
葛藤を乗り越えて
交響曲第2番は有名な第3楽章をはじめとして、今や知らない人はいないほどの有名曲ですが、交響曲の前作、第1番作曲当時のラフマニノフの身辺は波乱含みでした。
その原因の種が1897年に満を持して発表した交響曲第1番の初演の思いもよらない大失敗だったことです。初演修了時に会場内は罵声が飛び交う危険な状況とさえなったのでした。
それだけならまだしも、作曲家をはじめ、音楽関係者、批評家からは散々な評価が飛び交いました。
特にロシア5人組(ムソルグスキーやリムスキー・コルサコフなどの国民楽派作曲家)の一人と言われたツェーザリ・キュイは「リズムが破綻している」、「同じ技法の無意味な繰り返し」、「地獄の使者」などのように徹底的に酷評したのです。
このことで精神的なダメージを受けたラフマニノフは数年間に渡って満足に作曲活動も出来ない状況まで陥ったのでした。
しかしその後、有名なピアノ協奏曲2番の公演の大成功で長年の呪縛からようやく解き放たれるようになります。ピアノ協奏曲第2番は旋律の美しさが格別ですが、それは交響曲第2番にも同じことが言えます。
その音楽の魅力を一言で表現したら、甘く切なく、やるせない想いに満ち溢れた曲ですね……。
この独特のムードにロシアの広大な大地を思わせる郷愁が絡んだら…。きっと鬼に金棒でしょう。それを実現したのがこの交響曲なのです。
特に第3楽章アダージョはムード満点で、ロシアの広大な情景が眼の前に現れたかのような美しさです。
この楽章はまるで夢のような陶酔の時間を与えてくれます。終始郷愁を伴う美しいメロディーが満載で、耳と心に最高の満足感を与えてくれるのです。
癒しの旋律・第3楽章アダージョ
最近第3楽章がCMやBGMにイメージ音楽として頻繁に使用されることが多いですね。確かにこの第3楽章はただただ美しい音楽です!その音楽のムード的な美しさはクラシックとしては異例なほどで、映像と合わせたくなるのもわかるような気がいたします……。
時間にして約15分ほど、単独で聴くのにもちょうどいい長さで、時間を忘れて没入してしまうような抜群の雰囲気が何とも言えません。
真の癒しの音楽とはこういう音楽を指していうのでしょう。それだけではなく、ここには忘れかけていた時間や記憶の名残りが自然のみずみずしい姿とともに静かに蘇るのです。
メインテーマを吹くクラリネットの響きや遠くでこだますホルンやオーボエの響きは瞑想のように優しく奏でられ、雄大なスケール感を表出していきます。
まるで夕映えに佇む美しい瞬間が絶えず音楽として鳴り響いているような感覚になるのです……。
聴きどころ
第1楽章・Largo – Allegro moderato
第1主題の淡い儚さや悲しみが次第に高潮していく情感が素晴らしい。続く第2主題の雲の隙間から光が顔を覗かせるような清々しい表情も印象的。
第2楽章・Allegro molto
個性的な響きとリズムが印象的な主題を持つ。中間部の穏やかな風を想わせる経過句が陰影を伴って心に刻まれる。
第3楽章・Adagio
映画やCMなどにも頻繁に使用される美しい旋律が忘れ難い楽章。冒頭から夢のような瞑想、癒やしの空気感が漂う。クラリネット・ソロによる息の長い主題とそれを包むような優しい弦の響きが何とも言えない……。
クラリネットとオーボエが対話を重ねた後に、弦の合奏が自然の叡智を想わせる美しく寂しげな響きを導き出す……。
第4楽章・Allegro vivace
フィナーレにふさわしく華やかな第1主題で開始され、弦楽が中心となる流麗な第2主題で曲は大きく発展する。
オススメ演奏
クルト・ザンデルリング指揮フィルハーモニア交響楽団
クルト・ザンデルリング指揮フィルハーモニア交響楽団の演奏が断然素晴らしいです。
特に第3楽章から受けた様々な感動や印象はほとんどがザンデルリング盤から受けたものです。全編を通じて部分部分をデフォルメしたり、必要以上に歌わせることはなく、ゆったりとした息の長いフレーズや深い呼吸と強固な造型で貫かれていることに驚かされます。
アダージョは騒がず、華美にならず息の長いフレーズを描き出しています。他の楽章も特別な演奏効果は狙っていないのですが、じんわりと心に響く深く豊かな響きを奏でています。
スローテンポ過ぎるという声もありますが、真摯に作品と向き合っていることが格調高く深い表情を引き出していることは間違いありません。
アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団
ザンデルリンク盤のようなスローテンポは勘弁してほしいという方やこれから聴いてみようと思われる方にはアンドレ・プレヴィン指揮ロイヤルフィルハーモニーの演奏が安心です。
ロマンティックな表情、みずみずしい弦の響きはザンデルリンク盤以上でその響きの美しさに魅了される方も多いことでしょう。
プレヴィン自身もラフマニノフ2番の録音は3回目で、いかにこの曲を愛し、共感しているかがご理解いただけるのではないでしょうか。
映画音楽で磨かれた聴かせる表現やテクニックが見事に生かされている感じです。
サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団
2019年のライブ演奏。あまり効果を狙わずじっくりとオケを鳴らし、盤石な造型を実現してます。それでも音楽の特徴を損なわず、繊細優美な響きを実現しているのはさすがです。
ディテールにもこだわっていて、楽器の深く温もりのある響きは音楽を聴く喜びを増幅させています。時折ザンデルリンクのように意味深い表情が出てくるように思うのは私だけでしょうか……。