自分の内面を見つめるゆとり
風景画は描いた人の人生観が絵に表れやすいと言われます。
「虹のある風景」は歴史画、人物画の大家としてバロック絵画の頂点を極めたルーベンスが晩年に描いた風景画です。
ルーベンスといえば筋骨隆々とした力強く豊満な肉体の人物画を描いてきた人としてあまりにも有名ですね。
でも彼が晩年になると次第に農夫や動物たちを配置した風景画を描くようになります。これはどういうことなのでしょうか……。
ルーベンスは外交官としてのもう一つの顔を持っていたのですが、その多忙な職を離れて気持ちにゆとりが出てきたのかもしれません。
また故郷のアントワープ(現在のベルギー)郊外に家を購入したこともあり、風光明媚な自然に癒やされたことが風景画の描写に駆り立てたのでしょう。
『ステーンの塔がある風景』が描かれたのは1635年にルーベンスが購入した城
少なくとも若い頃のルーベンスは風景画を描くという発想がなかったようです。いや、風景画を描く機会に恵まれなかったといってもいいでしょう。
ルーベンスは若い頃からその才能を認められ、宮廷で精力的に絵を描き続け、外交官としても重要な職務をこなしていました。
そのうえ富と名誉にも恵まれた巨匠が晩年になって環境が激変する中で、人々の生活と自然との関わりの深さを実感するようになった、または自分自身を見つめるようになった……。そのような心境に至ったとしても何ら不思議ではないのです。
生命力あふれる絵
とはいえ、この絵でもルーベンス独特の力強く人生を肯定するような画風がはっきりと認められます。
たとえば、くっきりと空に浮かび上がった虹や、まばゆいほどに大地を照らす光はとてもエネルギッシュで印象的です。
そして大気の状態を表す空や雲の多彩で奥行きのある表現、木々が放つムンムンするような空気感は本当に見事です。
それは安らぎや心の原風景を届けてくれる自然の姿ではなく、ルーベンスらしい人々の生活を反映した生命力に溢れた自然の姿姿なのです。
人間と苦楽を分かつ運命共同体
「虹のある風景」は静かに佇む自然ではなく、人間と同じように呼吸し、苦楽をも分かちあう運命共同体なのです。
同じ17世紀に活躍したヤーコプ・ファン・ロイスダールやクロード・ロランのような理想的な自然を描いた風景画とは異質であることが分かります。
人々のバイタリティに共感するかのように描かれた表情豊かな木々や、希望や想いを反映させたかのような見事な虹など、ルーベンスの絵では人間と自然は一体不可分なのです。