オラトリオの魅力とは? 音楽のあらゆる要素をこれ以上ないくらい感動的に表現するジャンル

[aside type=”normal”]オラトリオという言葉は音楽ジャンルとして意外によく耳にします。
でもオペラほどメジャーではないし、はたしてオラトリオにどんな魅力があるのだろうか?と感じているかたもいらっしゃることと思います。
今回はオラトリオの魅力と特徴について考えていきたいと思います。[/aside]

神聖な想いを音楽に託す

「オラトリオ」と聞くと皆さんはどのようなイメージを浮かべるでしょうか?

オペラやミサ曲、カンタータあたりとどのような違いがあるのだろうかと奇妙に思われる方も多いでしょう。

基本的にオラトリオはキリスト教の聖書の物語を題材にする音楽です。

聖書の聖句をテーマにしていますから、音楽そのものにストーリー性があります。一般的にはアリアをはじめとして、合唱やデュエット、レチタティーヴォ(音楽進行の役割を果たす独唱)が加わり、精神や魂の高揚を促す音楽と言えます。

でも明確な定義があるわけではなく、オペラ寄りのオラトリオもありますし、ミサ曲寄りのオラトリオもあるのです。

オラトリオの概念を変えたヘンデル

Photo credit: PeterTea on VisualHunt / CC BY-ND

オラトリオは、17世紀はじめ頃から創作され始めたジャンルと言われていますから、歴史はオペラとそれほど変わりありません。

オペラはモーツァルトの出現で決定的に変わりましたが、オラトリオはヘンデルによって注目され、音楽的な魅力が飛躍的にアップしたと言っても過言ではありません。

ヘンデルは生涯で25曲ものオラトリオを作曲しました。これは一つの作品がおよそ2時間あまりを要する大作と考えれば大変な数です。

しかも残されたオラトリオはどれも優れた傑作、力作揃いで、改めてヘンデルのオラトリオに懸ける強い意気込みを感じるのです。

それだけではなく、ヘンデルのオラトリオは礼拝堂を演奏会場とした神聖なイメージの作風から完全に脱却し、むしろオペラ的なドラマチックな装いを持った花も実もある作品として作曲されたのです。

そのことはロンドン市民からも大いに受け入れられ、後のオラトリオの礎を作ったとも言えなくありません。

 

公演はオペラよりもずっと簡素

Photo credit: PeterTea on Visualhunt.com / CC BY-ND

オラトリオはオペラに比べればギャラがずっと少なくてすみます。

オペラは劇を伴う舞台装置や演出が必要不可欠ですが、オラトリオはそれらをすべてカットすることもできます。振付や舞台演出を伴わない音楽劇と言えるかもしれません。

オペラでいうところの演出や舞台、振付といった部分は大幅に経費を削減できるのです。ヘンデルがオペラからオラトリオの作曲家に転身したのも、実は財政上の問題が大きく関わっていたからなのです。

また、オペラは演出家や劇場監督、指揮者、歌手たちがそれぞれの持ち場で絶対的権威を持っているため、結束できれば感動的な舞台が出現しますが、上手くいかない場合、トラブルの原因にもなりやすいのです。

それに比べるとオラトリオは、指揮者を中心にしたチームとして公演される場合が多いので、逆にやりやすい環境なのかもしれません。

政治に翻弄された20世紀

元来オラトリオは聖句を題材とするキリスト教的な音楽なのですが、例外もあります。

それが顕著に現れたのが、20世紀の第二次世界大戦後のことでしょう。

この頃世界は戦争は終結したものの、極度の緊張状態にあり、音楽や絵画、文学などの芸術に対しても政治や思想の介入が平然とまかり通る時代だったのです。

その典型的な例がショスタコーヴィチが作曲したオラトリオ「森の歌」です。

「森の歌」はショスタコーヴィチの強い想いがあって誕生したわけではありません。

これはソビエト共産党の独裁的な党首として有名だったスターリンの偉業を讃える音楽だったのです。

当時スターリンはショスタコーヴィチの音楽を「党の体制を賞賛する音楽ではなく、西洋かぶれした訳のわからない音楽を書いてる」という評価を下していました。つまり、スターリンの意志に背いた音楽家として目をつけられ冷遇されていたのです。

もちろん、自由主義社会の冷遇や無視とは本質的に訳が違います。

共産主義社会、特にスターリンが党首として君臨した時代は一度目をつけられると、いつ投獄され、粛清されるのかわからない恐ろしい時代だったのです。

植林事業に目を向ける

ショスタコーヴィチが今後も作曲家として国内で活動するためには、スターリンの信頼をどうしても回復する必要があったのです。

そこで目を向けたのが、スターリンが以前から国を挙げて実施していた植林事業です。

植林をテーマにしたこの作品はスターリンや国家事業を称賛する壮大なスケールの合唱で幕を閉じます。スターリンは歓喜しましたが、ショスタコービッチの心は自尊心と芸術家魂を傷つけられてズタズタでした。

「森の歌」を歴史の負の遺産と捉える動きも数多くありました。スターリン亡き後の党首フルシチョフがスターリン称賛の歌詞の書き直しを命じたのです。またヨーロッパに限らず、ロシアでもソ連邦の崩壊後は滅多に演奏されなくなってしまいました。

芸術を、芸術家を何だと思っていたのでしょうか……。どうやら政治のための手段、道具としか考えていなかったようなのです。

「森の歌」は政治に利用された不幸な作品として記憶に残ってしまいしたが、音楽そのものの完成度は素晴らしいため、政治やイデオロギーが一切介在しない形で注目を集めてほしいところですね。

 

あらゆる可能性を秘めた音楽

オラトリオはオペラに形式は似ているものの、根本的に違う種類の音楽です。

極端に言えば、世俗的な音楽劇がオペラだとすれば、超俗的な音楽劇がオラトリオだと言うこともできるでしょう。

ヘンデルの「セメレ」という作品が、オペラなのかオラトリオなのかということで議論になったことがありました。

しかし、こんな他愛のないことを議論にするなんて、なんて馬鹿げた話だろうと思います。

 

感動的であれば、オペラでもオラトリオでもどっちでもいいのです!

オラトリオはあらゆる音楽の中でも最高に感動的に場を盛り上げ、演出してくれる要素をいっぱい内包した音楽ジャンルなので

今後も歴史に残るオラトリオが出現してくれるのを心待ちにしているのですが……。

 

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