メンデルスゾーン《エリヤ》解説|壮大な合唱と預言者エリヤの生涯を描く傑作オラトリオ

目次

メンデルスゾーン《エリヤ》とは?|作品概要・基本情報

作品解説

メンデルスゾーン《エリヤ》(オラトリオ《エリヤ》 Op.70)は、1846年に作曲・初演された、旧約聖書に登場する預言者エリヤの生涯を描いたオラトリオです。

メンデルスゾーン晩年を代表する傑作であり、《パウロ》と並ぶ宗教音楽の最高峰として知られています。壮大な合唱、劇的な物語、美しいアリアが見事に調和しており、宗教音楽でありながらオペラのようなドラマ性を備えているのが大きな魅力です。

題材となっているのは旧約聖書の「列王記 上・下」です。干ばつに苦しむイスラエルの民を救うために預言者エリヤが神の言葉を伝え、偶像崇拝と戦い、最後には火の戦車によって天へ昇るまでの壮大な物語が描かれます。

現在では、ヘンデルの《メサイア》やマタイ受難曲と並ぶ、オラトリオの代表作として世界中で演奏されています。

作品データ

項目内容
作品名オラトリオ《エリヤ(Elias)》Op.70
作曲者フェリックス・メンデルスゾーン
作曲年1845〜1846年
初演1846年8月26日
初演場所バーミンガム音楽祭(イギリス)
題材旧約聖書『列王記 上・下』を中心とする預言者エリヤの生涯
ジャンルオラトリオ
演奏時間約2時間〜2時間30分
編成独唱(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、混声合唱、管弦楽
代表曲「恐るるなかれ」
「終りまで耐え忍ぶものは救われるべし」
「かくて御身の光暁の如くあらわれいで」など

メンデルスゾーン《エリヤ》のあらすじ

オラトリオ《エリヤ》は、旧約聖書「列王記 上・下」をもとに、預言者エリヤの生涯を描いた壮大な宗教音楽です。全曲は第1部・第2部から構成され、神への信仰を貫いた一人の人間の苦悩、勇気、そして栄光がドラマチックに描かれています。

STEP
第1部|干ばつとカルメル山の奇跡

物語は、偶像崇拝に陥ったイスラエルの民に対し、預言者エリヤが「神の裁きによって雨は降らない」と宣言する場面から始まります。

長く続く干ばつによって人々は飢えと苦しみに直面しますが、エリヤは神への信仰を失わず、人々に悔い改めを求めます。やがてカルメル山で、異教の神バアルの預言者たちと「どちらの神が真の神であるか」を競う決定的な対決が行われます。

バアルの神には何も起こりませんでしたが、エリヤが祈ると天から火が降り、祭壇を焼き尽くします。民は神の力を目の当たりにして悔い改め、長い干ばつの末に待望の雨が降り始めます。

この劇的な場面は、《エリヤ》全曲の中でも最大の見せ場の一つです。

STEP
第2部|苦難を越え、天へ昇る預言者

奇跡を起こしたエリヤでしたが、王妃イゼベルの怒りを買い、命を狙われることになります。

失意の中で荒野をさまよい、「もう十分です」と神に弱音を吐くエリヤ。しかし神は天使を遣わし、彼を励まし、新たな使命を与えます。

やがてエリヤは再び民を導き、最後には火の戦車と火の馬に乗って天へと昇っていきます。

フィナーレでは、神の栄光と希望が壮麗な合唱によって高らかに歌われ、作品は感動的なクライマックスを迎えます。

単なる聖書の物語ではなく、一人の人間が苦悩や孤独を乗り越えながら使命を果たしていく姿が描かれているため、宗教を超えて多くの人々の心を打つ作品となっています。

なぜ《エリヤ》は名作なの?

メンデルスゾーンの《エリヤ》は、19世紀を代表するオラトリオであり、現在でも世界中で演奏され続けています。その理由は、宗教音楽としての崇高さと、誰もが心を動かされる親しみやすさを見事に両立させているからです。

壮大なドラマを描く音楽

《エリヤ》は、預言者エリヤの生涯を一つの壮大なドラマとして描いています。

干ばつに苦しむ民の嘆き、神への祈り、バアルの預言者との激しい対決、荒野での孤独、そして天へ昇る壮麗なラストまで、場面ごとに音楽の表情が大きく変化します。

まるで一編の歴史映画を観ているかのような臨場感があり、歌詞が分からなくても物語の流れが自然に伝わってくるのは、メンデルスゾーンならではの優れた描写力によるものです。

合唱が圧倒的な存在感を放つ

《エリヤ》最大の魅力は、やはり合唱の充実ぶりでしょう。

厳かな祈り、絶望の叫び、勝利の歓喜、静かな慰めなど、人々の心情を表す合唱が全曲を通して数多く登場します。

その様式は、ヘンデルやバッハを思わせる重厚な対位法を受け継ぎながら、ロマン派らしい豊かな感情表現も取り入れており、宗教音楽と劇音楽の魅力を見事に融合させています。

美しく親しみやすい旋律

宗教音楽というと「難しい」という印象を持たれがちですが、《エリヤ》には一度聴いただけで心に残る美しい旋律が数多く登場します。

優雅なアリア、温かみのある重唱、力強い合唱など、それぞれが自然な歌心にあふれており、クラシック初心者でも無理なく楽しめます

この親しみやすさこそ、メンデルスゾーンの音楽が長く愛され続けている理由の一つです。

信仰だけでなく「人間」を描いた作品

《エリヤ》が名作とされる最大の理由は、主人公エリヤが決して超人的な英雄として描かれていないことです。

神に選ばれた預言者でありながら、孤独に苦しみ、恐れ、疲れ果てる姿も率直に描かれています。

だからこそ聴く人はエリヤに共感し、その苦悩や希望を自分自身の人生と重ね合わせることができます。

宗教音楽でありながら、一人の人間の生き方を深く描いた普遍性こそ、《エリヤ》が時代を超えて愛され続ける最大の魅力といえるでしょう。

「勇敢な預言者でありながら、一人の弱い人間として苦悩し、それでも使命を全うするエリヤの姿は、現代を生きる私たちにも深い勇気と希望を与えてくれます。」

マタイ受難曲を復活させたメンデルスゾーンの功績

Felix Mendelssohn 1809-1847

メンデルスゾーンはユダヤ教から改宗した篤実なキリスト教信徒(プロテスタントの要職者)でした。

有名な銀行家だった父、名家の娘で音楽に造詣が深かった母、作曲家でピアニストだった姉……。メンデルスゾーンはその星の下に生まれるべく、最高の音楽的な環境を与えられたのです。

幼い頃から様々な宗教音楽に触れ、バッハのカンタータや声楽曲に深い愛情を寄せる、文字通り博愛主義に満ちあふれた音楽家だったのでした。

そして、一般には忘れ去られていた傑作を世に知らしめした功績もはかり知れないものがありました。

その最大の功績がバッハのマタイ受難曲を復活公演したことです。

この歴史的な傑作が陽の目を見るようになったのは、バッハの作品の偉大さも然ることながら、当時20才だったメンデルスゾーンの音楽に対する飽くなき熱意や音楽家としての良心が大きかったのも間違いありません。

当時の聴衆には難解で、はたしてどれだけの人が関心を示すか予測できない状況下で、この作品を編曲して指揮することは大変なプレッシャーだったのではないでしょうか…。(しかも公演は慈善事業だった)

でも何と言ってもメンデルスゾーンが「マタイ」の本質を理解し、心底共感していたことが作品の価値を歪みなく後世に伝える大きな要因になったのは紛れもない事実でしょう。

メンデルスゾーンの個性が最大限に発揮された傑作

Guercino – Elijah Fed By Ravens [1620] 

メンデルスゾーンの生い立ちや育った環境からして、オラトリオを作曲するに至ったのは当然の帰結だったのでした。

事実「エリヤ」、「パウロ」、「キリスト(未完)」とそれぞれ魅力あふれる作品を世に送り出しています。

そのうち「パウロ」はバッハの音楽スタイルをメンデルスゾーンの感性で描いた魅力作です。一方、「エリヤ」はメンデルスゾーンの個性があらゆる面でプラスに作用した傑作オラトリオといえるでしょう。

「エリヤ」は旧約聖書(列王記の上・下)に登場する預言者エリヤの生涯を描いたものですが、この作品ではメンデルスゾーン自身の描画を想わせる雄弁で目に見えるような美しい描写が随所に顔を覗かせます。

宗教音楽、特に聖書を題材にした音楽を作るとなると、構えたり、理屈っぽくなってしまいがちです。

しかし、メンデルスゾーンは宗教音楽としての品位を一切下げることなく、明快で親しみやすいオラトリオを作り上げたのでした。

詩的でロマンティックな情緒を随所に絡ませながらも、メンデルスゾーン持ち前の気品や実直さがあらゆる面でプラスに作用している作品なのです!

曲を聴き進めていくと、たとえ言葉の意味がわからなくとも、どのようにストーリーが展開されているのかを思い浮かべながら聴くことが出来るのが素晴らしいですね。

聴きどころ

オラトリオという響きから「難しい作品なのでは…」と敬遠される方も少なくないと思いますが、いえいえ、決してそんなことはありませんよ! 

この作品の魅力を一言でいえば親しみやすく、口ずさみやすいアリアや合唱曲が全編に散りばめられていることです。

しかもエンディングに向かって曲は大いに盛り上がり、圧倒的な感動を共有できるところも大きな魅力です。オラトリオの入門曲としても「エリヤ」は間違いなくお勧めですね!

ドラマチックな曲想、崇高な祈りの感情、甘美なメロディ等々、メンデルスゾーンの音楽の魅力が余すところなく発揮された傑作中の傑作なのです。

充実した合唱ナンバー

この作品の最大の聴きどころ、魅力は何かと言われれば、合唱の素晴らしさを挙げないわけにはいかないでしょう。

「エリヤ」の合唱は厳格な古典様式、ヘンデルやバッハのようなバロック的な美観を持ちつつも、オペラ的でドラマチックな性格、ロマン派的な情緒も兼ね備えています。つまり宗教音楽でありながら多彩な表現が可能なのです。

「エリヤ」の合唱で特に印象に残るのは次の諸曲です。

第1部・第1曲 主よ助けたまえ…

ただならない嘆きと苦痛を訴える第1曲「主よ助けたまえ…」

第1部・第5曲 されど主は見たまわず

絶望の淵を彷徨いながら光の道筋を見つけようとする第5曲「されど主は見たまわず…」

第2部・第2曲 恐るるなかれ、我らの神は言い給う 

行進曲風のリズムが印象的で希望と勇気に満ちた第2曲「恐るるなかれ、我らの神は言い給う」

第2部・第32曲 終りまで耐え忍ぶものは救われるべし

穏やかな聖歌を想わせる第32曲「終りまで耐え忍ぶものは救われるべし…」

第2部・第38曲 かくて預言者エリヤは火のごとく現れ… 

強靱な意志と燃え上がるような情熱の吐露を感じさせる第38曲「かくて預言者エリヤは火のごとく現れ…」

フィナーレ かくて御身の光暁の如くあらわれいで

歓喜に満ちて圧倒的なクライマックスを迎えるフィナーレ「かくて御身の光暁の如くあらわれいで」

オススメ演奏

オラトリオ「エリヤ」は現在のところ、アルバムも数多く出ていますし、新譜も続々と出てきていますね!

今回は私がこれまでに聴いてきたエリヤのCDの中から特に印象に残ったアルバムをいくつかご紹介しましょう。

サヴァリッシュ盤

メンデルスゾーン:オラトリオ「エリヤ」

まず、最初に挙げたいのがヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団およびライプツィヒ放送合唱団、エリー・アメリンク(ソプラノ)、ペーター・シュライヤー(テノール)、テオ・アダム(バス)他です。

録音が1968年と古いのが難点と言えば難点ですが、演奏は全体的に表情の振り幅が大きく、オペラのようなドラマチックな緊張感と宗教的な情感が一体となった響きがこの作品にピッタリです。

曲の本質を突いたサヴァリッシュの解釈や、アダムやシュライヤーら名歌手たちの強い印象を残す歌唱は今もって最高ですし、確固とした信念に基づく合唱も素晴らしいの一言に尽きます! かつて「エリヤ」といえば、このサヴァリッシュ盤がファーストチョイスでした。

リリング盤

メンデルスゾーン : オラトリオ 「エリヤ」 Op.70 (Felix Mendelssohn Bartholdy : Elias / Helmuth Rilling | Gachinger Kantorei Stuttgart | Bach-Collegium Stuttgart) (2CD) [輸入盤]

続いてヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルト・バッハ・コレギウムおよびシュトゥットガルト・ゲヒンゲン聖歌隊、クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ)、カリッシュ(テノール)、シャーデ(テノール)他(ヘンスラー)もなかなかの名演です。

サヴァリッシュ盤に比べるとあっさりした印象も受けますが、シェーファーを始めとするソリストたちがメンデルスゾーンの音楽の叙情性を自然な語り口で聴かせてくれます。

身構えずに音楽に浸かれるのがうれしいところです。リリングの指揮も堅実でありながら、本質をしっかりと捉えており、エリヤの作品としての素晴らしさが歪みなくストレートに伝わってくる感じです。

クルト・マズア指揮ライプツィヒ放送管弦楽団〔フィリップス)やミシェル・コルボ指揮リスボン・ グルベンキアン管弦楽団、合唱団〔エラート)も素晴らしいところがたくさんありますが、全体を通した感銘では前記2盤にやや劣るかもしれません。

ヘンゲルブロック盤

Mendelssohn:Elias Op.70

トーマス・ヘンゲルブロック(指揮)バルタザール・ノイマン・アンサンブル&合唱団、ゲーニア・キューマイアー(ソプラノ)、アン・ハレンベリ(アルト)、ローター・オディニウス(テノール)(ソニーミュージック)はオリジナル楽器を使用した演奏ですが、決して薄味な響きになることなく、エネルギッシュで気迫に溢れた素晴らしい演奏を繰り広げています。

楽器の音色や表情の彫りが深く、ストーリーを彷彿とさせる豊かな雰囲気を創りあげているのです! 

特に合唱は指揮者の音楽作りに強く応答していて、曲想によっては陰影に満ちたドラマチックな表情や息吹が伝わってきます。

ベルニウス盤 

Elias

フリーダ・ベルニウス指揮シュトゥットガルト・クラシック・フィル、シュトゥットガルト室内合唱団、レティツィア・シェレール(ソプラノ)、サラ・ウェゲナー(ソプラノ)、ルネ・モロク(アルト)、ヴェルナー・ギューラ(テノール)他(Carus)は一度聴いただけだと個性が乏しいように感じるかもしれませんし、薄味な表現に思われても決して不思議ではありません。

しかし何度聴いても飽きない、味わい深い名演奏といっていいでしょう。

 合唱のスペシャリストとして名高いベルニウスの手腕はここでも冴えに冴えています。特に合唱の各パートは発声に曖昧模糊とした欠点がなく、終始、澄んだ美しいハーモニーを表出しているのです。しかもその音楽性の高さや静かさの中に漂う無限のニュアンスといったら……。聴きなれたはずの数々のナンバーからひたすら豊かで滋味あふれる音楽が泉のように湧き出してくるのです!

 もちろんソリストたちも奇をてらわず、素直に心を通わせる歌唱がとても心地よく感じます。とにかく勢いや力任せになりやすいこの作品を、決して無理せず、自信とゆとりに満ちた表現を貫いているところは見事というほかありません。作品への深い解釈に裏付けられたオリジナリティとそれに見合うスキルや愛情を持って演奏するとこのような名演が誕生するといういい見本でしょう。

演奏比較表

演奏特徴おすすめ
サヴァリッシュドラマ性★★★★★
リリング端正★★★★☆
ヘンゲルブロック古楽器★★★★★
ベルニウス透明感★★★★★

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