神秘のベールを剥いだモーツァルト「レクイエム」 新時代の名演奏、アントニー・ウォーカー盤




エピソードだけがひとり歩きする現実

モーツァルトのレクイエムは彼が死の直前まで取り組んだ最後の傑作(後半の部分は弟子のジュースマイヤーが補筆完成)であると言われてきました。

しかし、謎の人物から作曲依頼を受けたことやモーツァルトの死期が迫っていたことが、「影があり、死を匂わせる作品」としてミステリアスなイメージが定着してしまったのも事実です。

 

また1984年に公開されてアカデミー賞8部門を独占した映画「アマデウス」のエピソードも、さらにそのような印象を増幅させるのでした!

同様に作品の成立の背景やエピソードばかりに関心が向けられてしまい、作品の魅力について語られることは意外に少なかったのではないでしょうか……。

 

声楽的にも管弦楽としてもバランスのとれた傑作であることは間違いないのですが、上記のような理由により、演奏は悲劇的な色あいを強調した重苦しいものになりがちです。

微笑みをモットーとする音楽のミューズモーツァルトとしては、少々悲しい宿命を背負った作品ですね。

 

音楽の流れの美しさを際立たせた演奏

アントニー・ウォーカー指揮アンティボディス管弦楽団とカンティレーション

 

しかし21世紀になって、この忌まわしい既成概念を打ち破る名演奏がようやく出はじめてきました。

その中で、これまでの音楽的な表現スタイルにはとらわれずに、ひたすら音楽の流れの美しさのみを追求した名演奏があります。

 

そのひとつがオーストラリアを中心に演奏活動を続けるアントニー・ウォーカー指揮アンティボディス管弦楽団、カンティレーション他による演奏です。彼らは10年前にもレクイエムを録音していますが、それも素晴らしい演奏でした。

一般的にモーツァルトのレクイエムは無理矢理に悲劇的な表情を醸し出す演奏が多く、以前は聴く前から何となく憂鬱な気分…になったものでした。

しかしこの演奏は違います!

最初から最後まで音楽を聴く喜びがまったく犠牲にされていませんし、音楽に一貫した流れがあって美しいのです。

ウォーカーはバロックをはじめとする古楽系の声楽曲、オペラを得意としていて、ラモーの「ダルダニュス」「カストールとポルックス」ヘンデルの「セメレ」「メサイア」等の見事な録音があり、どれも枠にはまらない新鮮な名演奏でした。

余分な力を抜いて音楽の核心に迫る

このレクイエムでもノンヴィブラートで透明感あふれる合唱が美しく、センス満点な発声も心地よい限りです。

たとえば第3曲「怒りの日」のストレートでダイナミックな表現! 

一切余分な力を入れていないのに自然に湧き上がるような音楽の威力は最高で、リズミカルで歯切れの良いテンポと相まっていつのまにか音楽にひきこまれていきます。

 

第6曲「思い出してください」のソプラノ、アルト、テノール、バリトンの四重唱も素直でケレン味のない歌唱が最高です。

歌手が個性を出してしまうと、この音楽の透明感や本質が失われてしまうことをウォーカーは熟知しているのでしょう!

4人のひたむきで飾らない歌唱がハーモニーとして溶け合いつつ美しさを際立たせます!

一般的に重い演奏になってしまいがちな「サンクトゥス」「アニュス・デイ」も、伸びやかな息づかいが暗い影を払拭していきます。

 

フレッシュな感性が既成概念を覆す!

このレクイエムは全体をサラッと流しているようでありながら、実は豊かな音楽性をベースに作品の本質をガッチリ掴んでいるのです。

これまで巨匠たちが残したドラマチックなレクイエムの名演と比べると、あまりにもあっさりしているのでは……という意見が出てきても何ら不思議ではありません。

しかし、ウォーカーがめざした演奏というのは、型にはまらない自分が信じる音楽の実現だったのではないでしょうか。

 

とにかく彼らの音楽にはフレッシュな感性が充満しています!

それを聴くことは、新しい音楽の扉を開くような気がしてワクワクしますね!



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