メンデルスゾーン《聖パウロ》解説|あらすじ・聴きどころ・バッハの伝統と祈りが結実した傑作オラトリオ

目次

メンデルスゾーン《聖パウロ》とは?|《エリヤ》へ続く初期オラトリオ作品概要

作品データ

項目内容
作曲者フェリックス・メンデルスゾーン
作曲年1834〜1836年
初演1836年 デュッセルドルフ
ジャンルオラトリオ
原題Paulus
台本新約聖書「使徒言行録」など
演奏時間約2時間半

作品概要・作曲背景

原題は《Paulus(パウルス)》。

後年の大傑作《エリヤ》ほど知名度は高くありませんが、メンデルスゾーンの宗教音楽の原点とも言える重要な作品であり、現在でも世界各地で演奏され続けています。

この作品の最大の特徴は、バロック音楽の伝統とロマン派ならではの温かな情感が見事に融合していることです。

メンデルスゾーンは若い頃からJ.S.バッハを深く尊敬していました。実際、1829年には《マタイ受難曲》を蘇演し、長く忘れられていたバッハ復興の立役者にもなっています。

そのため《聖パウロ》でも、

  • コラール(ルター派賛美歌)
  • 重厚なフーガ
  • 聖書に忠実な構成

など、バッハ的精神が随所に表れています。

しかし単なる古典様式の模倣ではありません。

メンデルスゾーン特有の、

  • しく澄み切った旋律
  • 人間味のある祈り
  • 温かな抒情性

が全編に満ちており、厳格な宗教音楽でありながら、どこか心に寄り添う親しみやすさを持っています。

また、《エリヤ》が劇的で情熱的な作品なのに対し、《聖パウロ》はより内面的で敬虔な性格が強い作品です。

信仰によって生まれ変わっていく人間の姿を、誠実で静かな感動とともに描き出した名作と言えるでしょう。

メンデルスゾーン初期の隠れた傑作オラトリオ

初期の傑作オラトリオ『聖パウロ』を作曲中のメンデルスゾーン
(AIによるイメージ画像)

メンデルスゾーンは早くから、天才的な音楽性とロマンチックな情緒で魅力あふれる作品を世に送り続けた作曲家でした。

ところで皆さんはメンデルスゾーンといえば、どんな作品を思い出すでしょうか?甘美なメロディの『ヴァイオリン協奏曲』、明るく躍動的なリズムが印象的な『交響曲第4番イタリア』、哀愁に満ちた『交響曲第3番スコットランド』、夢の世界へ誘う管弦楽曲『真夏の夜の夢』をあげる方はきっと多いでしょう……。

これらがメンデルスゾーンの大切な傑作であることに変わりありませんし、異論はありません。でも、ひとつだけ重要なレパートリーが欠けていることにお気づきでしょうか? 

それが声楽曲です。特に宗教的オラトリオや聖歌集は絶対に省くことの出来ないメンデルスゾーンのライフワークなのです!メンデルスゾーンは3曲のオラトリオを作曲しました。そのうちの1曲は有名な『エリヤ』です。

今や三大オラトリオとして世界中の至るところで演奏される傑作ですよね。あとの2曲は『エリヤ』の10年前に作曲された『パウロ』と晩年に作曲された未完成の『キリスト』です。さすがに『キリスト』は録音が限定されますが、『聖パウロ』はかなりの演奏が録音として残されていて、現在はSpotifyやAmazon Music、Apple Musicなどで音楽配信がされています。

あらすじ|使徒パウロの改心と布教の物語

サウロ(パウロ)は神秘的な体験で深く心を揺さぶられ、キリスト教へ改心する
新約聖書『使徒言行録』(AIによるイメージ画像)

《聖パウロ》は、新約聖書『使徒言行録』をもとに、使徒パウロの改心と伝道の旅を描いたオラトリオです。

もともとパウロ(サウロ)は、キリスト教徒を厳しく迫害していた人物でした。

第1部では、キリスト教徒ステファノが民衆によって石打ちの刑にされる場面が描かれます。サウロもその迫害に加担していました。

しかし、ダマスコへ向かう途中、突然まばゆい光と天からの声に包まれます。

「サウロ、なぜ私を迫害するのか」

この神秘的な体験によって彼は深く心を揺さぶられ、キリスト教へ改心するのです。

その後サウロは「パウロ」となり、自らが迫害していた福音を広める側へ変わっていきます。

第2部では、

  • 布教活動
  • 民衆からの迫害
  • 苦難と試練
  • それでも失われない信仰

が描かれます。

物語は単なる宗教的英雄譚ではありません。

弱さを抱えながらも、光を見出し、人々へ愛と希望を伝えようとするパウロの姿が、人間的な感動を伴って描かれているのです。そして最後は、壮大な合唱によって希望に満ちたフィナーレへと到達します。

ルター派コラールとバッハの伝統|《聖パウロ》の魅力

「パウロ」レンブラント(油彩、1657年)

オラトリオのテーマとなる『パウロ』とは、新約聖書の使徒行伝に登場するユダヤ教からキリスト教に改心したパウロの物語です。

幾多の迫害や試練を乗り越えて、イエス・キリストの福音を述べ伝えていくようすが劇的に描かれます。

『パウロ』はどの部分をとっても温かな血が通う作品ですね。メンデルスゾーンらしい清廉な語り口の中に誠実で優しさにあふれた人間性が充満した名曲といえるでしょう。

また、要所要所に挿入されたコラール(ルター派の賛美歌)が印象的で、一編の美しい詩のように光を放っているのです。これはバッハがカンタータなどで効果的に使ってますね!

『パウロ』は誰が聴いても分かりやすく、たちどころに良さを感知しやすい作品です。

オラトリオの入門編としてもオススメできるし、親しみやすいアリアや合唱、レチタティーヴォがオラトリオの魅力の扉を拡げてくれるでしょう。そしてバッハの伝統をロマンの香り漂うオラトリオとして纏め上げた傑作と言えるでしょう!

《エリヤ》との違い|より敬虔で内面的な《聖パウロ》

フェリックス・メンデルスゾーンのオラトリオといえば、《エリヤ》のほうが圧倒的に有名です。

実際、《エリヤ》は壮大なドラマ性と劇場的迫力を兼ね備えた傑作であり、現在でも世界中で頻繁に演奏されています。

一方、《聖パウロ》は《エリヤ》ほど派手ではありません。

しかし、そのぶん静かな祈りや内面的な精神性に満ちた作品であり、メンデルスゾーンの誠実な宗教観がより直接的に表れているとも言えるでしょう。

《エリヤ》は劇的、《聖パウロ》は敬虔

《エリヤ》では、

  • 干ばつ
  • 火の奇跡
  • 民衆との対立
  • 預言者の苦悩

など、旧約聖書らしい劇的場面が次々と登場します。

そのため音楽も非常にドラマティックで、

  • 激しい合唱
  • 強烈なオーケストラ
  • 緊迫感のある場面転換

が大きな魅力になっています。

まるで壮大な宗教劇を見るような感覚ですね。

それに対して《聖パウロ》は、派手な劇的効果よりも、

  • 信仰による心の変化
  • 祈り
  • 慈愛
  • 精神的な救済

を丁寧に描いています。

全体に流れる空気も穏やかで、どこか清らかな光に包まれているようです。

《聖パウロ》のほうがバッハ的

《聖パウロ》では、ルター派コラールが非常に重要な役割を果たしています。

これはヨハン・ゼバスティアン・バッハの受難曲やカンタータにも通じる要素ですね。

特に、

  • コラール
  • フーガ
  • 厳粛な合唱書法

などには、メンデルスゾーンのバッハへの深い敬意が表れています。

もちろん《エリヤ》にもバッハ的要素はありますが、《聖パウロ》のほうがより直接的で、教会音楽的な雰囲気が濃厚です。

そのため、

ロマン派オラトリオでありながら、バッハの精神を強く感じさせる作品

とも言えるでしょう。

《エリヤ》は外へ向かう音楽、《聖パウロ》は内へ向かう音楽

《エリヤ》は民衆へ向かって力強く語りかける音楽です。

絶望、怒り、奇跡、歓喜など、感情の起伏が非常に大きく、聴き手を圧倒するエネルギーがあります。

一方、《聖パウロ》は心の奥へ静かに染み込んでくるような音楽です。

劇的な衝撃よりも、

  • 優しさ
  • 慰め
  • 清廉さ
  • 精神的な安らぎ

によって感動へ導いていきます。

そのため《エリヤ》が“炎”なら、《聖パウロ》は“静かな灯火”のような作品と言えるかもしれません。

どちらから聴くべき?

初めてメンデルスゾーンのオラトリオを聴くなら、一般的には劇的で分かりやすい《エリヤ》のほうが入りやすいかもしれません。

しかし、

  • バッハが好き
  • 合唱作品が好き
  • 静かな宗教的感動を味わいたい
  • 派手さより精神性を重視したい

という人には、《聖パウロ》のほうが深く心に残る可能性があります。

また、《エリヤ》を気に入った人が次に《聖パウロ》を聴くと、

メンデルスゾーンがなぜ宗教音楽を生涯大切にしたのか

が、より深く理解できるでしょう。

《聖パウロ》はこんな人におすすめ

バッハの宗教作品が好きな人

コラールやフーガを活かした構成には、バッハへの深い敬意が感じられます。

《マタイ受難曲》やカンタータが好きな人には特におすすめです。

壮大な合唱作品を聴きたい人

《聖パウロ》は合唱の魅力が非常に大きい作品です。

荘厳さだけではなく、柔らかさや人間味もあり、祈りが自然に心へ入ってくるような感覚があります。

《エリヤ》が好きな人

《エリヤ》の劇的な迫力に感動した人なら、《聖パウロ》の内面的な美しさにも強く惹かれるでしょう。

両作品を比較すると、メンデルスゾーンの宗教観や作風の違いも見えてきます。

オラトリオに初めて触れるかた

《聖パウロ》は旋律が親しみやすく、難解さが少ない作品です。

アリア・合唱・コラールの魅力が分かりやすく、オラトリオ入門としても非常に優れています。

聴きどころ|清廉な合唱と優美なアリア

『聖パウロ』は難解な表現がなく、あくまでも聖書に忠実で清新な美意識に貫かれています。

アリアの品格の高さ、キャストの心に寄り添うような優しさも印象的ですね。

第1部 第2曲 合唱「主よ、神である主よ」

遠くから仰ぎ見る神ではなく、いつも心に寄り添う唯一無二のお方であることを高らかに歌う。

第1部 第7曲 アリア「エルサレムよ」 (ソプラノ)

何と甘く優しさに満ちたメロディだろう! その懐かしい情感は子守歌のような安らぎを彷彿とさせる……。

第1部 第22曲 合唱「おお、なんと深く豊かな神の英知とご洞察だろう」

第1部最後のナンバー。パウロを改心させた全知全能なる神の彗眼と愛を称える合唱。

第2部 第23曲 合唱「世界はいまや主のものであり」

合唱による壮麗で輝かしいフーガの高揚感が、神の仰ぎ見るような威容や栄光を永遠に告げるかのよう。

第2部 第29曲 合唱とコラール「あの男はエルサレムでこの名を呼ばわる者をみな」 (民衆、独唱者たち)

民衆の殺意を叫ぶ声(合唱)に対して、許しと愛を乞うコラールが胸に痛切に響く。

第2部 第36曲 アリアと合唱「あなたがたが神の神殿であることを」 (パウロ、合唱)

全曲の核心の部分で、力強く威厳に満ちたパウロの訴えと表情が心にしみる。

第2部 第43曲 合唱「見よ、なんという愛を」

颯爽としていて軽快なテンポの合唱曲だが、繊細で優美な情緒も兼ね備えている。

第2部 第45曲 最終合唱「されど彼のみならず、すべての人に」

希望を感じるフィナーレの合唱。多彩な変化と転調で大曲のフィナーレを飾る。

オススメ演奏

フリーダー・ベルニウス指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、シュトゥットガルト室内合唱団、キール(ソプラノ)ギューラ(テノール)フォレ(バス)他

最も見事なのがベルニウス盤です。

演奏は勢いに任せた力づくの表現ではありませんし、効果を狙っているわけでもありません。

ちょっと聴いただけだと強いインパクトに欠け、淡々と進行していて薄味に感じる人がいても不思議ではないでしょう。

しかし、『パウロ』という作品の性格を考慮すると、これほど本質を的確に捉えていて、音楽の喜びがひたひたと迫る演奏も少ないかもしれませんね……。

作品に対するベルニウスのポリシーや共感の強さがソリストたちの表現にも反映していて、全編が豊かな音楽で満ちあふれています。特に素晴らしいのが合唱ですね。

精緻で純度の高いハーモニーは、美しいメロディラインを最良の形で歪みなく再現しています。ソリストたちの心の通う表現も実に見事です。

クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団&ライプツィヒ放送合唱団、ヤノヴィッツ、アダム、ラング他

ライプツィヒがこのオラトリオをはじめとして、バッハやメンデルスゾーンのゆかりの地だったということを改めて気付かされる名演奏です。かつての豊かな伝統や芸術性が息づいている感じです。

ドイツオペラなどで存在感を与え続けてきたライプツィヒ放送合唱団はハーモニーが美しく彫りが深いですね。しかも旋律に心が通い、ともすれば薄味になりがちな合唱曲に深みを与えています。

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の響きもコクがありますし、ヤノヴィッツ、アダムらの独唱陣も華があり、名曲に花を添えています。

よくある質問(FAQ)

《聖パウロ》はどんな作品ですか?

使徒パウロの改心と布教を描いたオラトリオです。
バッハ的伝統とロマン派の抒情性が融合した、メンデルスゾーンの代表的宗教作品のひとつです。

《エリヤ》との違いは何ですか?

エリヤ》は劇的で情熱的、《聖パウロ》はより敬虔で内面的な性格が強い作品です。

《聖パウロ》の方がバッハの宗教音楽の伝統を強く感じさせます。

オラトリオとは何ですか?

オラトリオとは、宗教的内容を中心とした大規模声楽作品です。

オペラのように独唱・合唱・管弦楽で構成されますが、通常は舞台演技や衣装を伴わず、演奏会形式で上演されます。

《聖パウロ》は初心者にもおすすめですか?

おすすめです。

旋律が親しみやすく、合唱も美しく分かりやすいため、宗教音楽やオラトリオに初めて触れる人にも親しみやすい作品です。

《聖パウロ》のおすすめ録音は?

フリーダー・ベルニウス指揮盤は、透明感ある合唱と敬虔な美しさが魅力です。

一方、クルト・マズア指揮盤は、ドイツ的な重厚さと伝統的な響きを堪能できます。

演奏時間はどれくらいですか?

演奏によって多少異なりますが、全曲でおよそ2時間〜2時間30分程度です。

《聖パウロ》はなぜあまり有名ではないのですか?

後年の《エリヤ》の人気が非常に高いため、やや影に隠れやすい作品です。

しかし近年は録音も増え、その敬虔で温かな魅力が再評価されています。

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