創作絶頂期の実りの一つ
モーツァルトのピアノ協奏曲は、彼のあらゆる作品群の中で最も魅力的なジャンルの一つでしょう。
特に第20番からの作品の数々はモーツァルトでしか作れない無邪気さ、天衣無縫さに加え、いっそうの深みと透明感が加わります。
さて、モーツアルトのピアノ協奏曲第25番は1786年、ちょうどオペラ「フィガロの結婚」を完成させる前年に発表された作品でした。
輝かしく魅力いっぱいの彼の20番代のピアノ協奏曲の中では比較的演奏頻度は少ないほうでしょう。どちらかといえば地味な部類の作品かもしれませんね。
でも、晴れた秋空を想わせる透明感漂う旋律や相変わらずの無邪気な楽曲はモーツアルトならではですし、決して騒ぎたてないつつましやかな楽曲も印象に残ります!
聴きどころ
K.503は第1楽章の出だしが力強く始まるため、一般的には輝かしい協奏曲だと思われがちです。
でもよく聴くとお分かりのように、それはいつも上機嫌であらんとするモーツァルトの願いであり、永遠のテーマでもあったのです。
全体的に透明感にあふれ、第2楽章アンダンテではピアノのモノローグを主軸に夢の中を彷徨う雰囲気さえあります……。
第3楽章アレグレットは特に印象的なところですね。秋晴れの澄み切った爽やかな風を想わせる旋律は心を膨らませ、私たちの心をどこまでも癒やしてくれるのです。
第1楽章 アレグロ・マエストーソ
第1楽章はファンファーレのようなオケの力強い合奏で始まり、どんどん曲は盛り上がっていくのかと期待を抱かせます。
ところが音楽はどんどん内省的になり、静かな諦観さえも湛えつつ進行していきます。
「顔で笑って心で泣いて」ではありませんが、一見華麗で力強く感じられるものの、実は多くの淋しさや哀しみを抱えながら明るく自然に振る舞おうとする意地らしい側面がうかがえますね!
第2楽章 アンダンテ
第2楽章になると内省的な趣向はいっそう強くなり、ピアノが夢の中を彷徨うようなモノローグを延々と弾いていきます。
ここには美しい音楽を作ろうとか、飾り立てようとか、主張しようという意識はほぼありません。ただひたすら心の赴くままに曲は流れ、モーツアルトの澄み切った心境を遊び心と絡ませながら伝えていくのです。
第3楽章 アレグレット
透明感にあふれた爽やかな音楽が印象的です。ピアノと管弦楽の掛け合いや遊びの境地が心地よく、モーツアルトの魅力が全開しています!
ピアノ協奏曲第27番のような枯れた透明感とは違って、色彩感や華のあるメロディがとても心に響きます!
オススメ演奏
ハイドシェック(P)、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管弦楽団
エリック・ハイドシェックのピアノとアンドレ・ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管弦楽団による演奏(EMI)はこの曲の本質をしっかり捉えた魅力いっぱいの名演奏です!
特にハイドシェックの感性豊かなピアノはこの作品に稀に見る彩りを添えています! 一小節ごとに移ろうモーツァルトのデリケートな情感や無邪気さを、スタイルにとらわれずに表現し尽くしたのは見事としか言いようがありません!
ただしこの録音は1961年と古く、現在は廃盤になっており、手に入れるのは少々困難かもしれません。再販を強く望むところです……。
ハイドシェック(P)、グラーフ指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団
ハイドシェック新盤のハンス・グラーフ指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団との録音(ビクター)は閃きや奔放なタッチは減少したものの、センス抜群のフレージングやリズミカルなタッチで大いに聴かせてくれます。
デリカシーに富み、しっとりとした味わいの音楽を堪能できるでしょう。
内田光子(ピアノ)、ジェフリー・ティト指揮・イギリス室内管弦楽団
内田光子(ピアノ)、ジェフリー・ティト(指揮)イギリス室内管弦楽団の演奏は、あらゆる面で理想的な演奏を繰り広げています。
中でも第2楽章のしみじみとした深い味わいは他の演奏からはなかなか聴けないものですね。