尊敬、信頼…友人への想いを音楽に変えて! エルガー「エニグマ変奏曲」

音楽不毛の地だった英国

 

今回紹介する「エニグマ変奏曲」の作曲家エルガーは、19世紀中頃から20世紀初頭にかけて活躍したイギリス人です。

当時イギリスはヨーロッパの経済大国の中で、「クラシック音楽作曲家不毛の地」とまで言われていました。

確かにドイツはテレマン、バッハ、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー……とそうそうたる顔ぶれが浮かんできますし、オーストリアに至ってはハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブルックナーと天才作曲家が名を連ねていきます。

イタリアもモンテヴェルディやヴィヴァルディ、コレッリ、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ…と歌ものの大作曲家が次々に浮かびますね。

フランス、ロシアも数多くの大作曲家を輩出してきました。

しかしイギリスだけはなぜかその数が極端に少なく、思い出せるのは17世紀の天才作曲家パーセルと18世紀にイギリスを拠点に活動した巨人ヘンデル(生まれはドイツ)ぐらいだったのです。

20世紀に多くの才能が一斉に開花

 

 

 

そんなヨーロッパの音楽勢力分布図が大きく変化し始めたのが19世紀中頃から20世紀前半でした。

イギリスでは産業革命が一段落し、あらゆる面で国力が大きくパワーアップして、人々の心にゆとりと自由を謳歌する空気が溢れる時代だったのです。

ウォルトン、ヴォーン・ウイリアムス、ディーリアス、エルガー、ホルスト、ブリテンらは、イギリス繁栄の象徴的な作曲家と言っていいでしょう。

中でも、エルガー作曲の「エニグマ変奏曲」はポピュラー音楽を聴くような感じで聴いても充分に楽しいし、英国的なダンディズムやリリシズム満載の傑作なのです。

「エニグマ変奏曲」は、ある日彼が何気なく弾いたピアノの旋律を、妻のキャロラインがすっかり気に入ったため、構想を大きく膨らませたのが作曲のきっかけになったのでした。そしてこの曲は彼の出世作ともなったのです。

音楽による友人ヘのメッセージ

エルガーが最初に音楽を学んだウスター大聖堂
ウスター大聖堂の内部

「エニグマ」の魅力は変奏曲の一曲一曲に愛情が注がれていることと、気が利いていることでしょう!

もちろん、エルガーらしい端正なリリシズムが随所に聴けるのも魅力の一つです。

約30分ほどの音楽なのですが、それぞれの変奏曲には友人たちへのささやかな思い出のメッセージが込められているのです。

これはラヴェルが『クープランの墓』で第一次大戦で亡くなった友人たちに哀悼の意を込めて作曲したケースに似ていなくもありません。

 

作品としての魅力

Edward Elgar (1857-1934)

 

その友人たちの描き方がなかなかユニークで楽しいのです! 

全体の基本テーマになっている主題や集大成の第14変奏(終曲)をはじめとして、友人たちの性格や印象を想わせる魅力的なテーマや旋律が続々と現れます。

いわば14変奏のどれもが変化に富んでいて、まるで思い出のページをひもとくように綴られていくのです!

それでは各変奏曲の中で強く印象に残る変奏曲を挙げてみましょう。

第1変奏  Caroline Alice Elger

Caroline Alice Elgar(1848-1920)

曲の顔的なナンバーです。妻のアリスをテーマにした作品で、彼女はこの曲にぞっこんだったようですね。

詩人でもあり、感性豊かなアリスは生涯を通して夫の作品に全面的な理解を示し、気持ちが沈むときは慰め、彼の作品が評価を受けるために労力を惜しまなかったと言います。

哀愁が漂うテーマなのですが、穏やかな陰影に満ちていて、ときおり優しい表情や気品が漂います。

第6変奏  Ysobel Fitton

エルガーがヴィオラを手ほどきした弟子のイザベル・フィットンに付けた曲。

親しみやすく、大らかさが滲み出ているような愛すべき佳作です。エルガーの弟子への愛情が伝わってきますし、彼女との練習はかけがえのない時間だったのでしょう……。

第7変奏  Troyte

軽快なリズムとユーモアが冴えます。ブラスバンドで演奏したら、大いに聴き応えがあるでしょうね。

第8変奏 Winifred Norbury

ウィニフレッド・ノーベリーという人は音楽をこよなく愛し、心許せる人だったようですね。終始くつろいだ雰囲気が温かな人柄を彷彿とさせます。

第9変奏 ニムロッド

エルガーの精神的苦痛や窮地を救い、音楽にも影響を与えた親友イェーガー(編集者、評論家)を描いています。イェーガーは音楽や人生の本質を語り合える心の友だったのかもしれません。

短くてチャーミングな変奏曲が多い中で、第9変奏のニムロッドだけは静寂に満ちた崇高なテーマが印象的です。

英国ではニムロッドが愛されており、重要な式典ではたびたび使われます……。2012年のロンドンオリンピックの開会式もそうでした。

第10変奏「間奏曲」Dorabella

空気のようにさり気ないけれども、いなくてはならない愛おしく、かけがえのない存在……。

友人の姪を描いたそうですが、姪と戯れる和やかな様子が眼に浮かぶようです。

第12変奏 Basil G Nevinson

当時の名チェリストのベイジル・G・ネヴィンソンがテーマです。チェロの哀愁に満ちた旋律が印象的で、エルガーが後年チェロ協奏曲を誕生させるヒントにもなりました。

第14変奏 フィナーレ

フィナーレの第14変奏は、妻アイリスやあらゆる友への尊敬と感謝の想いを綴ったエルガー自身の集大成の音楽です。ここにエルガーの最良の音楽的特質と魅力が集約されているといってもいいでしょう! 

 

圧倒的なモントゥー盤

 

 

 

演奏は古いのですが、ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団(Decca タワーレコードオリジナル)が圧倒的な名演奏です。
この録音を聴くとモントゥーのセンスの良さと懐の深さを痛感します。

彼はラヴェルやドビュッシーといったお国もの(フランス)ばかりでなく、ベートーヴェン、ブラームスのようなドイツ古典派やロマン派、またバッハの管弦楽曲やチャイコフスキーの交響曲などで本質をガッチリ掴んだ名演奏を残したのでした。

この演奏もまったく力んでいないのにダイナミックレンジが広く、音楽が大きくて包容力があります。

また、切れの良いテンポとリズム、柔軟で豊かな楽器の響き、ユーモアと生真面目さのバランスが絶妙な味わい、どれをとっても最高で聴くものを幸福感で満たしてくれます!

 

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