エルガー《エニグマ変奏曲》とは?謎に包まれた名曲の魅力と《ニムロッド》を徹底解説

「ニムロッド」は知っていても、《エニグマ変奏曲》全体を聴いたことがある人は意外と少ないかもしれません。

イギリスの作曲家エドワード・エルガーが作曲したエニグマ変奏曲は、友人たちへの愛情と感謝を音楽に託した名作です。

それぞれの変奏曲には実在の人物が描かれており、ユーモアにあふれた人、穏やかな人、人生を支えてくれた親友など、エルガーの大切な人々が次々と登場します。また、この作品には「エニグマ(謎)」という題名の通り、いまだ解かれていない秘密が隠されていることでも有名です。

なぜ《エニグマ変奏曲》は100年以上にわたって愛され続けているのでしょうか。

この記事では、作品の概要や「エニグマ」の意味、有名な《ニムロッド》の魅力、そして友人たちに捧げられた変奏曲の聴きどころをわかりやすく解説します。

目次

エルガー《エニグマ変奏曲》とは?|作品概要と基本情報

作品解説

《エニグマ変奏曲》は、イギリスの作曲家エドワード・エルガーが1898年から1899年にかけて作曲した管弦楽曲です。正式な題名は『創作主題による変奏曲(エニグマ)』で、1つの主題と14の変奏曲から構成されています。

この作品はエルガーの出世作として知られ、当時「音楽不毛の地」と呼ばれていたイギリスにおいて、自国の作曲家が生み出した国際的成功作として大きな意味を持ちました。

最大の特徴は、14の変奏曲それぞれがエルガーの友人や知人を音楽で描写していることです。単なる技巧的な変奏曲ではなく、友情や感謝、思い出が織り込まれた「音楽による人物画集」ともいえる作品なのです。

親しみやすい旋律、美しいオーケストレーション、英国らしい品格と抒情性を兼ね備えたこの作品は、今日でもエルガーの代表作として世界中で愛され続けています。

作品データ

項目内容
作品名エニグマ変奏曲
原題Variations on an Original Theme(Enigma)
作曲者エドワード・エルガー
作曲年1898~1899年
初演1899年6月19日
演奏時間約30分
編成管弦楽
曲数主題+14の変奏曲

なぜ《エニグマ変奏曲》と呼ばれるのか?

「エニグマ(Enigma)」とは英語で「謎」や「不可解なもの」を意味します。

エルガーはこの作品について、「作品全体には演奏されない別の主題が隠されている」と語りました。しかし、その正体については最後まで明かさなかったのです。

つまり、《エニグマ変奏曲》には私たちが実際に耳にする主題の背後に、もう一つの“見えない主題”が存在するとされているのです。

以来、多くの音楽学者や愛好家たちがその謎に挑戦してきました。

・『蛍の光』ではないか
・『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』ではないか
・あるいはモーツァルトやベートーヴェンの作品ではないか――

数え切れないほどの説が提唱されてきましたが、現在に至るまで決定的な答えは見つかっていません。

しかし、この謎こそが作品の魅力の一つでもあります。

エルガーは単に音楽を作っただけでなく、聴き手が自由に想像し続けられる「永遠の謎」を作品の中に残したのです。

100年以上経った今もなお、その秘密は解かれていません。
だからこそ、この作品は《エニグマ(謎)》変奏曲と呼ばれているのです。

音楽不毛の地だった英国

今回紹介する「エニグマ変奏曲」の作曲家エルガーは、19世紀中頃から20世紀初頭にかけて活躍したイギリス人です。

当時イギリスはヨーロッパの経済大国の中で、「クラシック音楽作曲家不毛の地」とまで言われていました。

確かにドイツはテレマン、バッハ、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー……とそうそうたる顔ぶれが浮かんできますし、オーストリアに至ってはハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブルックナーと天才作曲家が名を連ねていきます。

イタリアもモンテヴェルディやヴィヴァルディ、コレッリ、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ…と歌ものの大作曲家が次々に浮かびますね。

フランス、ロシアも数多くの大作曲家を輩出してきました。

しかしイギリスだけはなぜかその数が極端に少なく、思い出せるのは17世紀の天才作曲家パーセルと18世紀にイギリスを拠点に活動した巨人ヘンデル(生まれはドイツ)ぐらいだったのです。

20世紀に多くの才能が一斉に開花

そんなヨーロッパの音楽勢力分布図が大きく変化し始めたのが19世紀中頃から20世紀前半でした。

イギリスでは産業革命が一段落し、あらゆる面で国力が大きくパワーアップして、人々の心にゆとりと自由を謳歌する空気が溢れる時代だったのです。

ウォルトン、ヴォーン・ウイリアムス、ディーリアス、エルガー、ホルスト、ブリテンらは、イギリス繁栄の象徴的な作曲家と言っていいでしょう。

中でも、エルガー作曲の「エニグマ変奏曲」はポピュラー音楽を聴くような感じで聴いても充分に楽しいし、英国的なダンディズムやリリシズム満載の傑作なのです。

「エニグマ変奏曲」は、ある日彼が何気なく弾いたピアノの旋律を、妻のキャロラインがすっかり気に入ったため、構想を大きく膨らませたのが作曲のきっかけになったのでした。そしてこの曲は彼の出世作ともなったのです。

音楽による友人ヘのメッセージ

エルガーが最初に音楽を学んだウスター大聖堂
ウスター大聖堂の内部

「エニグマ」の魅力は変奏曲の一曲一曲に愛情が注がれていることと、気が利いていることでしょう!

もちろん、エルガーらしい端正なリリシズムが随所に聴けるのも魅力の一つです。

約30分ほどの音楽なのですが、それぞれの変奏曲には友人たちへのささやかな思い出のメッセージが込められているのです。

これはラヴェルが『クープランの墓』で第一次大戦で亡くなった友人たちに哀悼の意を込めて作曲したケースに似ていなくもありません。

変奏曲の聴きどころ

Edward Elgar (1857-1934)

その友人たちの描き方がなかなかユニークで楽しいのです! 

全体の基本テーマになっている主題や集大成の第14変奏(終曲)をはじめとして、友人たちの性格や印象を想わせる魅力的なテーマや旋律が続々と現れます。

いわば14変奏のどれもが変化に富んでいて、まるで思い出のページをひもとくように綴られていくのです!

それでは各変奏曲の中で強く印象に残る変奏曲を挙げてみましょう。

第1変奏  Caroline Alice Elger

Caroline Alice Elgar(1848-1920)

曲の顔的なナンバーです。妻のアリスをテーマにした作品で、彼女はこの曲にぞっこんだったようですね。

詩人でもあり、感性豊かなアリスは生涯を通して夫の作品に全面的な理解を示し、気持ちが沈むときは慰め、彼の作品が評価を受けるために労力を惜しまなかったと言います。

哀愁が漂うテーマなのですが、穏やかな陰影に満ちていて、ときおり優しい表情や気品が漂います。

第6変奏  Ysobel Fitton

エルガーがヴィオラを手ほどきした弟子のイザベル・フィットンに付けた曲。

親しみやすく、大らかさが滲み出ているような愛すべき佳作です。エルガーの弟子への愛情が伝わってきますし、彼女との練習はかけがえのない時間だったのでしょう……。

第7変奏  Troyte

軽快なリズムとユーモアが冴えます。ブラスバンドで演奏したら、大いに聴き応えがあるでしょうね。

第8変奏 Winifred Norbury

ウィニフレッド・ノーベリーという人は音楽をこよなく愛し、心許せる人だったようですね。終始くつろいだ雰囲気が温かな人柄を彷彿とさせます。

第9変奏 ニムロッド

エルガーの精神的苦痛や窮地を救い、音楽にも影響を与えた親友イェーガー(編集者、評論家)を描いています。イェーガーは音楽や人生の本質を語り合える心の友だったのかもしれません。

短くてチャーミングな変奏曲が多い中で、第9変奏のニムロッドだけは静寂に満ちた崇高なテーマが印象的です。

英国ではニムロッドが愛されており、重要な式典ではたびたび使われます……。2012年のロンドンオリンピックの開会式もそうでした。

第10変奏「間奏曲」Dorabella

空気のようにさり気ないけれども、いなくてはならない愛おしく、かけがえのない存在……。

友人の姪を描いたそうですが、姪と戯れる和やかな様子が眼に浮かぶようです。

第12変奏 Basil G Nevinson

当時の名チェリストのベイジル・G・ネヴィンソンがテーマです。チェロの哀愁に満ちた旋律が印象的で、エルガーが後年チェロ協奏曲を誕生させるヒントにもなりました。

第14変奏 フィナーレ

フィナーレの第14変奏は、妻アイリスやあらゆる友への尊敬と感謝の想いを綴ったエルガー自身の集大成の音楽です。ここにエルガーの最良の音楽的特質と魅力が集約されているといってもいいでしょう! 

第9変奏《ニムロッド》とは?|英国人が最も愛する音楽

《エニグマ変奏曲》の中で最も有名なのが、第9変奏《ニムロッド》です。

この変奏曲は、エルガーの親友であり音楽出版社ノヴェロ社の編集者だったアウグスト・イェーガーを描いています。

「イェーガー(Jaeger)」とはドイツ語で「狩人」という意味です。そして旧約聖書に登場する伝説的な狩人がニムロッドであることから、この変奏曲には《ニムロッド》という題名が付けられました。イェーガーはエルガーにとって単なる友人ではありませんでした。

作曲家として苦悩し、自信を失いかけていたエルガーを励まし続けた精神的支柱ともいうべき存在だったのです。

そのため、この音楽には友情や感謝、信頼といった感情が深く込められています。

静かに始まった旋律は少しずつ高まり、大きな感動の頂点へ到達します。そこには英雄的な華やかさではなく、人と人との絆から生まれる崇高な美しさがあります。

英国では特に人気が高く、追悼式典や国家的行事でも演奏されることが少なくありません。短い音楽でありながら、人間の尊厳や友情の尊さをこれほど雄弁に語る作品は決して多くないでしょう。

《ニムロッド》は変奏曲の一つというより、《エニグマ変奏曲》全体の精神を象徴する特別な曲なのです。

圧倒的なモントゥー盤

ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団

ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団『エニグマ変奏曲』
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のホルス卜『惑星』と一対になっている

演奏は古いのですが、ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団の演奏が圧倒的です。
この録音を聴くとモントゥーのセンスの良さと懐の深さを痛感します。

彼はラヴェルやドビュッシーといったお国もの(フランス)ばかりでなく、ベートーヴェン、ブラームスのようなドイツ古典派やロマン派、またバッハの管弦楽曲やチャイコフスキーの交響曲などで本質をガッチリ掴んだ名演奏を残したのでした。

この演奏もまったく力んでいないのにダイナミックレンジが広く、音楽が大きくて包容力があります。

また、切れの良いテンポとリズム、柔軟で豊かな楽器の響き、ユーモアと生真面目さのバランスが絶妙な味わい、どれをとっても最高で聴くものを幸福感で満たしてくれます!

よくある質問(FAQ)

エニグマ変奏曲とはどんな曲ですか?

エルガーが1898〜1899年に作曲した管弦楽曲です。主題と14の変奏曲から構成され、それぞれの変奏曲にはエルガーの友人や知人が描かれています。友情や感謝の気持ちが込められた、エルガーの代表作です。

「エニグマ」とはどういう意味ですか?

英語で「謎」を意味します。エルガーは作品の中に「演奏されない隠れた主題」が存在すると語りましたが、その正体は明かされませんでした。そのため、この作品は《エニグマ変奏曲》と呼ばれています。

隠された主題の正体は解明されているのですか?

現在も決定的な答えは見つかっていません。これまでにさまざまな説が提唱されてきましたが、いずれも確証はなく、《エニグマ変奏曲》最大の謎として残されています。

ニムロッドとは誰のことですか?

第9変奏《ニムロッド》は、エルガーの親友であり助言者でもあったアウグスト・イェーガーを描いた音楽です。イェーガーはドイツ語で「狩人」を意味し、旧約聖書の名高い狩人ニムロッドにちなんでこの題名が付けられました。

なぜ《ニムロッド》だけ特別に有名なのですか?

静かな感動と崇高な美しさを兼ね備えた音楽であり、友情や人間愛を象徴する楽曲だからです。イギリスでは追悼式典や国家的行事でも演奏されることが多く、国民的な人気を誇っています。

クラシック初心者でも楽しめますか?

十分に楽しめます。親しみやすい旋律とわかりやすい人物描写が魅力で、変奏曲ごとの個性も豊かです。クラシック音楽初心者にもおすすめできる名曲の一つです。

まとめ

《エニグマ変奏曲》は、単なる変奏曲ではありません。

そこには妻アリスへの感謝、友人たちとの思い出、苦しい時期を支えてくれた親友への敬愛など、エルガーの人生そのものが刻み込まれています。

ユーモアにあふれた変奏曲、温かな友情を感じさせる変奏曲、そして崇高な感動を呼ぶ《ニムロッド》——それぞれが独自の魅力を持ちながら、最後には一つの大きな物語として結実していくのです。

また、「隠された主題」という未解決の謎は、100年以上経った今も多くの人々の想像力を刺激し続けています。

《エニグマ変奏曲》を聴くことは、エルガーの友人たちとの交流を追体験すると同時に、一人の作曲家の人生や人間性に触れることと言ってもいいでしょう。もしまだ全曲を通して聴いたことがないなら、ぜひ一度耳を傾けてみてください。

そこには英国音楽ならではの気品と抒情、そして人と人との絆の尊さを描いた、かけがえのない音楽の世界が広がっています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次