聴くたびに魅力が増す20世紀の天才ピアニスト、グレン・グールドの芸術

まったく独自の個性

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グレン・グールド(1932-1982)はクラシック音楽界の中でもまったく独自の感性を持ったピアニストでした。

クラシック音楽の常識を完璧に打ち破った音楽家だったと言ってもいいでしょう。

過去の伝統やルールなどには縛られず、自分の信じる音楽を貫き通したのです。

誤解がないようにお伝えすれば、彼が奇をてらう行動をしたとか、問題発言をして注目を集めたとか、決してそういうことではありません。自分に素直に生きただけなのです……。

むしろ演奏そのものは一遍に人の心を虜にするほどで、絶えず音楽から新たな魅力を引き出すことに抜群の才能を発揮したのです。

彼の生み出す音楽は手垢にまみれた古典やバロックの作品を素の状態に戻して、隠れた魅力や楽しさを引き出したといえるかもしれません。

コンサートやレコーディングの折には自分専用の丈の低い椅子をいつも持ち込んだり、ピアノを舐め回すような特異な演奏スタイルで聴衆の度肝を抜いたのでした。

しかもレコーディングの際は気持ちが高まれば高まるほど曲調にあわせた彼のハミングや鼻歌が収録されているのです。

 

突然のコンサート活動の停止

映画「グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独」予告編

1964年3月にグールドは「シカゴのリサイタルを最後にコンサート活動からは一切手を引く」と宣言しました。

もともとコンサートやコンクールには特有の競争原理が働くといって否定的だったのですが、「コンサートでは、観客は演奏家にテクニックや見世物的な関心を寄せがちで、対等な関係を保ちにくい」というのが持論だったのです。

また、一回きりのライヴ演奏への疑問でした。「録音技術の登場と進歩によってライヴ・コンサートはその意義を失った」とまで言い放っています。

これにはグールドの非常にデリケートで物事にこだわる性格も大きく影響しているのでしょう。

診断はされてないものの、一説によればグールドは著しく自閉症スペクトラムのような症状を持ち合わせていたとも言われています。

世界を飛び回るには飛行機の大きな騒音や振動にも耐えなければならなかったし、指揮者とのトラブルが絶えなかったのも大きな要因だったのかもしれません。

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バッハ演奏に一石を投じる

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グールドといえばバッハ。バッハといえばグールドというくらいに20世紀バッハ演奏のスタンダードをつくりあげたのがグールドでした。

その演奏はこれまでの禁欲的でちょっと硬派のバッハ演奏をはるか彼方に押しやるほどの衝撃をもたらしたのです。

誰の真似でもないグールドでしか生み出せない類まれな音楽性! 生きもののように弾むリズム! バロックの大作曲家という固定観念にまったくとらわれない自由奔放な精神!

しかし核心の部分ではバッハの音楽に深く共感し、傾倒していたからこそこれほど魅力的な音楽づくりが可能だったのでしょう。

まるで数百年という時を超えてバッハが私たちに直接語りかける……そんな趣さえあるのです。大作曲家然とした虚像を引き剥がしたのはグールドの功績大といってもいいでしょう。

バッハとの相性が抜群だったのはもちろんですが、どの録音からも今まで聴いたことがないような新鮮な響きを届けてくれたのです。

特に1955年のデビュー盤であり、1982年最期の録音となった「ゴールドベルク変奏曲」はバッハの概念を根底から覆し、心ゆくまで楽しませてくれたのでした。

聴くたびに新たな魅力が

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ニューヨークフィルのリハーサルでのストラヴィンスキー(右)、バーンスタイン(左)とグールド(ニューヨーク、1960年代頃)

彼の音楽の魅力は一言ではとても伝えきれませんが、まずは鍵盤から紡ぎ出される水晶のような美しい音色が挙げられるでしょう! 

それは磨き抜かれたセンスの持ち主でなければ恐らく不可能と想われるデリケートで即物的な際立つ音色なのです。

他のピアニストでは音楽としては成立しないだろうと思われる超スローテンポや超スピードの演奏も凄いの一言です。

決して演出なのではなく、それは彼にとっては必然の速さだったのです。ですからそのような極端なテンポ設定をとっても違和感がないのでしょう。

特に魅力的なのは音の端々から漂う何とも言えない寂寥感ですね。それはグールドが意図して抽出した音色ではなく、グールド自身の人柄がそのごとく反映された自然な音色なのです。

いわゆる心の奥深い所で感じとっていて、全身から導き出される音色とも表現できるかもしれません……。

 

 

グールドの名演奏

9つの小前奏曲1.ハ長調(J.S.バッハ)

グールド晩年の1980年の録音。まずは序奏のトボトボと歩くようなゆっくりとしたテンポ設定に驚かされる。

他のピアニストから聴こえる弾むような音色のワクワク感はまったくないが、代わりに人生の憂愁や秋の気配のような漂いはじめて唯一無二の音楽の表情を見せてくれる!

 

イギリス組曲第2番・プレリュード
(J.S.バッハ)

微動だにしないテンポ設定と、音と音との間をどんどん詰めていくリズムの躍動感と自在さに驚かされる。そして内声部の表情の存在感とヴァリエーションが圧倒的!

平均律第2巻第1番プレリュード
(J.S.バッハ)

最初の出だしから寂寥感があふれ、彼の鋭敏な感性によって抜群の雰囲気を湛えた音楽となる。無限の変化と漂うイマジネーションが心の奥底に刻まれていく……。

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平均律第2巻第1番フーガ
(J.S.バッハ)

生き生きとしたリズムの積み重ねが魅力の第1番フーガ。グールドはプレリュードのように寂寥感を漂わせながらリズムを刻んでいく……。

他のピアニストには真似のできない世界だろう。

ゴールドベルク変奏曲(J.S.バッハ)

1981年グールド最期の録音。デビュー盤であり、最期の録音となったこの作品に彼はどのような想いを抱いていたのだろうか……。

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インヴェンションとシンフォニア(J.S.バッハ)

インヴェンションとシンフォニアはグールドに最適な音楽かもしれない。音の小宇宙と言われる構造的な要素をくっきりと表現したり、巧みに弾き分けるグールドの才能は圧巻!

 

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ピアノ・ソナタK.331第3楽章「トルコ行進曲」(モーツァルト)

グールドは子供が演奏するようなたどたどしいタッチで弾き進めていくが、その味わい深さとファンタジックな情感は最高!

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