魅力的なフレーズや響きが満載! 時空を超える交響曲・ブルックナー第8番

唯一無二の音楽

Aerial view of St. Florian Monastery  
ブルックナーゆかりの場所・聖フロリアン修道院
Author Bwag CC BY-SA 4.0  https://commons.wikimedia.org/wiki/File:St._Florian_-_Stift_(1).JPG

19世紀後半に活躍した作曲家のブルックナー。

ちょうど同じ頃に活躍したのがロマン派の大作曲家ブラームスでした。

彼らは犬猿の仲だったとよく言われます。当時ドイツの音楽界はワーグナー派とブラームス派という対決の構図が出来上がっていました。

ブルックナーはワーグナーの音楽に心酔していたため、ワーグナー派の一味だと捉えられていたようですね。政治的駆け引きが苦手なブルックナーでしたから、まんまとその争いの渦中に巻き込まれたのでしょうか…。

でも本当は憎みあってたわけではなく、周囲の人たちが面白がって敵対する関係として吹聴してしまっていたようにも思えます。

1896年にブルックナーが亡くなったとき、ブラームスは葬儀会場だったカトリック教会の入口まで来て(ブラームスはプロテスタント信者だったため式には参加しなかった)、「私も間もなくそちらに行くから…」と涙を浮かべながら寂しく呟いたそうですね。

本音ではブルックナーの音楽に敬意を抱いていたのでしょう。ブラームスの音楽にはない、まったく異質の音楽世界を持った人だったですからね…。

生涯ブルックナーとは音楽観で共感することのなかったブラームスですが、彼の交響曲第8番は一目置いていたようです。

知人に8番のスコアをすぐに手に入れて送ってほしいと頼んだのもその現れなのでしょう。

確かに8番は作曲家ブルックナーの音楽のすべてがあると言っても過言ではありません。自然の叡智や心に潜む奥深い感情が作品のテーマとして共存していて、聴くものを惹きつけてやまないのです。

関連記事

以前、この曲は私にとって「苦手な曲」でした。なぜかといえば、ベートーヴェンの影が強くつきまとっているように思えたからなのです。 苦悩から歓喜に至る曲の構成もさることながら、第4楽章の主題はまさにベートーヴェンの第9の歓喜のテーマに[…]

ライブでこその感動!

Bruckner: Symphony No.8 in C minor, WAB108
(Nowak: 1890 version) / Eliahu INBAL

都響スペシャル/2019年3月17日 (日) サントリーホール 指揮/エリアフ・インバル

 

この交響曲は全曲を通して演奏すると80分以上にもなる大作ですが、今や演奏会の人気プログラムとして定着してきているようです。 

人気の理由として弦楽器はもちろんのこと、金管、木管楽器が重要なパートを担っていることや、感性に強く訴える印象的な旋律がそこかしこに散りばめられていることが大きいでしょう。

特に金管楽器は弦楽器と同等かそれ以上の存在感を示しており、スケールが雄大で強靭な曲の構造、宇宙的な意志を表現する上で大きく貢献しているのです。

聴き所も多く、長い曲にもかかわらず最後まで充分に堪能できるのは魅力的なフレーズや響きが有機的につながっているからなのです。

特に第8番はあらゆる交響曲の中でも圧倒的に情報量が多いため、演奏効果が高く、聴きごたえが半端ではありません。繊細な弦の刻みや巧みな場面転換、楽器の無限の表情の変化、美しい情緒……。

ライブ演奏であれば、それらがダイレクトに感性に伝わってきて、我を忘れるような感動体験ができるかもしれませんね!

ブルックナー音楽の特異性

 

ブルックナーをよく聴く方ならお分かりかと思いますが、8番も例にもれず多くの版が存在します。

信頼していた指揮者ヘルマン・レヴィに出来あがった8番の楽譜を見せたところ、「これでは演奏はできない」と断言されたことが事の発端でした。

ブルックナーは相当に落ち込み、作品に手を加えたのですが、その後弟子のフランツ・シャルクによる改訂版やハース版、ノヴァーク版など…、さまざまな版が生まれ、指揮者を悩ませることになったのです。

さて、ブルックナーの交響曲は指揮者が自分のスタイルに強引に引き寄せようとしたり、肉付けをしたり、個性を出すことで音楽の本質が損なわれることが多々あります。

指揮者との相性による出来不出来が多いのも他の作曲家ではあまりないことで、それがブルックナーの音楽の特異性をよく表しているとも言えるでしょう。

しかし、8番が交響曲史に燦然と輝く傑作として評価されるのは、宇宙意志を思わせる響き、楽想の豊かさ、スケール雄大な造型、オリジナリティなど……、どれをとっても前人未到のような領域に踏み込んでいるからなのです。

宇宙や自然に潜在的にある普遍的な感情や日常的なモチーフを心の音として捉えるブルックナーの感性の鋭さ、深さはまさに唯一無二といってもいいでしょう。

関連記事

ベートーヴェン第九の呪縛   楽聖ベートーヴェンは交響曲を飛躍的に発展させ、深化させた音楽家としてよく知られています。 特に最後の交響曲第9番(通称第九)は古典の枠に収まりきれず、第1楽章に抽象的な主題を[…]

聴きどころ

第1楽章 Allegro moderato

冒頭は重々しく鬱積した感情がピークに達するところから始まるが、その後は宇宙意志を伝えるエピソードが発展しながら展開する。

 

第1楽章の最大の聴きどころ。

心をすっぽり覆い尽くすかのように次々に押し寄せる暗い影が、打ちひしがれ途方にくれる人間を彷彿とさせる。

第2楽章 Scherzo. Allegro moderato

ホルンの朗々とした響きに始まり、印象的なリズム、多彩な楽器の表情、大胆な構成が音楽にエネルギッシュな躍動感をもたらす。

本質的な部分では、絶えず魂の安住の地を求め、もがき苦しみ彷徨う旅人のよう。

第3楽章 Adagio. Feierlich langsam, doch nicht schleppend

第1主題のテーマは失意と悲しみと同時に、慈しみの想いが詰まった心洗われる音楽。

チェロを主体にした美しい第2主題共々、悲しみの中に拡がる無限の慰めや、祈りが混じったような心を捉えて離さない名旋律だ。

第4楽章 Finale. Feierlich, nicht schnell

冒頭の強い意志に導き出された金管楽器のファンファーレが切迫した心境や心の嵐を呼び起こす。

すぐに寂しさと嘆きに満ちたメロディが心に訴えかける。

中間部では次々と意味深いメロディが現れて、回想や瞑想、慟哭、嘆き等……さまざまなエピソードに満ちた深遠な世界を浮かび上がらせていく! 

 

終結部の哀しみに沈む情景が、破滅的な合奏と共にすさまじい嘆きや慟哭に変わるのが印象的。小鳥のさえずりが寂しさをいっそう募らせる。

悲しみを抱えながら重い足どりを再開すると、次第に希望の光と無限のエネルギーが降り注ぎ曲は終了する。

オススメ演奏

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘンフィル

Hans Knappertsbusch conducts Bruckner

 

もはや古典的名演奏と言ってもいいでしょう!

どこをとっても充実度満点の揺るぎない音楽性やスケールの大きさに圧倒されます。ブルックナー8番の本当の魅力、素晴らしさを最初に伝えてくれたのがクナッパーツブッシュでした。

そういう意味でもこの演奏は忘れられないし、外せないですね……。

ワーグナーをお家芸にし、ブルックナーはその延長線上のスタイルで指揮したクナだったからこそ、このような巨大な演奏が可能だったのかもしれません…。

ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)

1963年のステレオ録音ですが、音の拡がりがほとんどなく、味も素っ気もない録音だと言われれば、それまでという感じがしないでもないです。

スタジオの音響の性質なのか、クナの好みなのかは定かではありませんが、全体的に渋い響きが独特の雰囲気を作りあげています。

しかし、これほど8番から極限まで音楽を突き詰めようという強い意志が伝わってくる演奏はいまだかつてないでしょう。

随所でズシンズシンと響き渡る迫力満天の心の音! 音楽に魂を投げ売ったかのような迫真の訴え……。深い感情移入と真実味に裏打ちされた心の嘆き……。

ブルックナーが好きな人はもちろん、そうでない人も一度は絶対に聴くべき演奏でしょう。演奏芸術の魅力や原点がここにあると言っても過言ではありません。

ギュンター・ヴァント指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

Bruckner: Sinfonien

正真正銘、正統的なブルックナーの演奏ですね!

弦の厚みや豊麗な響きがさすがベルリンフィルだなと思わせてくれますね。そして何よりもヴァントの指揮が隅々まで神経が行き届いていて、音楽を充分に堪能させてくれます。

随所で響く小鳥のさえずりのような木管のみずみずしい響きや、クライマックスでの圧倒的な迫力はブルックナーの魅力そのものです。

絶妙な残響とクリアで豊かな録音がさらに魅力ある演奏にしています。

 

 

最新情報をチェックしよう!