見た目の風景画から存在の本質に迫る風景画へ・セザンヌ『サント・ヴィクトワール山』

 

セザンヌ『サント・ヴィクトワール山』1887年頃、67×92cm、コートールド・ギャラリー

19世紀後半、モネ、ルノワール、シスレー、ピサロなどの印象派絵画が脚光を浴び、ヨーロッパ画壇を席巻する中で異色の風景画を描き続けた人がいます。

ポール・セザンヌ(1839-1906)です。彼は誰もが思いつかない、一風変わった独自の絵画スタイルを編み出し、後年はそれをとことん追求し続けたのでした。

彼が激動の19〜20世紀絵画においてはたした役割や業績とは何だったのでしょうか?

 

故郷エクスとサント・ヴィクトワール山

サント・ヴィクトワール山を臨む(フランス)

19世紀後半のフランス画壇、いや世界を代表する巨匠のセザンヌは生涯の大半を南フランスの町エクサン・プロバンスで過ごしました。

そしてエクサン・プロバンスを見下ろす山が絵のモチーフとなったサント・ヴィクトワールだったのです。

サント・ヴィクトワールは灰白色の石灰岩の山肌が特徴で、山がそびえる周囲の谷や平原は独特の景観を誇っています。

この山はセザンヌが好んで題材としてとりあげていて、油彩と水彩画を合わせると約60点もの絵が描かれたのでした。

 

サント・ヴィクトワール山とエクサン・プロバンスの位置

 

灰白色の石灰岩が特徴のサント=ヴィクトワール山

 

セザンヌは山を描くたびに角度や陰影、構図の切り口、筆のタッチを少しずつ変えていったのです。

彼は、この山を彩る木々や谷や平地などについて、様々な視点をさがすために、坂道を登ったり降りたりしました。山の広い平面と木々が連なるリズミカルな動きに、音楽的なパターンや関係性を探求し続けていたのです。

印象派との決別

セザンヌ『サント=ヴィクトワール山』1906年、油彩・プーシキン美術館

セザンヌは当初は印象派の画家として活躍していました。しかし、それが自分が進むべき道とは違うと悟ったのでしょう。後年は印象派の創作スタイルとは大きくかけ離れていきます。

モネが刻一刻と移り変わる瞬間を捉えるために風景画をスピーディーに仕上げっていったのに対して、セザンヌは何度もサントヴィクトワールを訪ね、被写体についての深い考察やアイデアを蓄積しながら創作していたのです。

印象派の画家たちがあるがままの自然の感動を率直に描こうとしたのに対し、セザンヌは一般的に肉眼で見えるものが内包する本質、いわゆる普遍的な真理を伝えようとしたのでした。

光や大気の織り成す感触や微妙な変化に彼は人一倍鋭いインスピレーションや感性を持っていたのです。 

 

幾何学形態を表現の基本に

この絵は画集や雑誌でよく見かける作品です。セザンヌの特徴を実に端的に表した美しい作品ですね。

セザンヌが生まれ故郷エクスに近いこの山を好んで描いたのは、おそらくセザンヌの気持ちを強く突き動かす魅力的な何かがあったのでしょう…。

とにかくこの絵は意欲的な表現が結集した作品です。山や山の前方から連なる森は大気の流れや樹々が醸し出すエネルギーと渾然一体となり、実に生命力に満ちた独特の表情を映し出しています。

この独特の表情を見せる絵の大きな力になっているのは幾何学形態を基本にした描法です。

同時代の印象派の画家で「自然の中に幾何学形態を発見しよう」と思って描いた人は誰もいないでしょう……。

これはセザンヌ独特の描法で、彼の絵をずっと眺めていると、様々な幾何学形態を発見できるのです!

深い共感と洞察から生まれた作品

セザンヌの影響を受けたキュビズムの画家たち

ジョルジュ・ブラック『ラ・ロシュ・ギュイヨン城』1909年 油彩、モダーナ・ミュゼート

 

パブロ・ピカソ『ダニエル・ヘンリー・カーンワイラーの肖像』 1910年 油彩、シカゴ美術館

 

もちろんセザンヌは変わったことをして驚かせようとか、辻褄を合わせるように描いたのではありません。

モチーフに対する素直で深遠、哲学的な視点が、一見奇抜にも思える手法を他には無い特別で強固なものにしているのでしょう。

この山は単なる風景画ではなく、セザンヌの深い共感と洞察から生まれた作品なのです。見るたびにさまざまな表情を伝えてくれる味わい深い逸品ですね。

幾何学形態を一つの面として捉えたセザンヌの表現は絵画の発想や価値観を大きく変貌させていくのですが、20世紀にはピカソを始めとするキュビズムの画家たちによってこの特徴は徹底されていくことになります。

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