無邪気な微笑みと人知れぬ涙と…。 モーツァルト『ピアノ協奏曲第12番』

モーツァルトの音楽は良質な絵本のよう

 

絵本はいつの時代も、大人が子どもに絵を見せながら読み聞かせるものとして親しまれてきました。幼い子どもたちの感性、創造性を育み、さまざまな教訓を自然に無理なく吸収できるものとして愛されてきたのです。

ところが今、絵本は大人も読んで感動したり、その楽しさを味わうものヘと変化してきています。

これはどういうことなのでしょうか……。冷静に考えると、絵本の読者が子ども向けという固定観念があること自体、不自然といえば不自然なことなのでしょう。

「絵がメインで、文章が短くて平易だから、これは子ども向け…」って、一体誰が決めたのか…。そのような位置づけには根拠があるわけではなく、単なる体裁だけのことだったりします。

そして絵本には一般の難しい書物以上に人の心を勇気づけ、豊かなメッセージを届けてくれるものがたくさんあります。感動を共有したり、癒やされたいという本質は子どもも大人もまったく同じなのですよね……。

モーツァルトの音楽も気難しさはまったくありません。そのかわり良質な絵本のように性別年齢問わず、聴くものを新鮮な感動と驚きで満たしてくれます。そして安心して音と戯れる喜びを与えてくれる数少ない音楽なのです!

ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414はモーツァルトならではの遊びの気分がいっぱいですが、その中に本質を突いた無邪気さと涙が両立しているのです。

純粋無垢な表情に見え隠れする涙

ピアノ協奏曲第12番K.414はモーツァルトが颯爽とウィーンデビューを果たした1782年の作品です。

彼の書簡によると「むずかしすぎず易しすぎず、音楽通はもちろん、そうでない人もなぜだか満足」との記述がありますが、その言葉どおり、実によく出来た作品なのです。

K.414はメロディや演奏効果、親しみやすさ等々、あらゆる事を考慮しながらウィーンの聴衆のことを意識して作られた作品なのでしょう。

この曲を聴くとモーツァルトがどれほど新天地に希望を抱いていたかが伝わってくるようですね。それにしても何て気の利いた……忘れ難い印象を残す作品なのでしょうか!

ウィーンの聴衆のことを考えて作曲されただけではなく、純粋無垢なメロディや表情から垣間見える涙はモーツァルトならではの魅力であることは間違いありません。

聴きどころ

第1楽章・アレグロ

第1楽章ではピアノとオーケストラが微笑みかけるようにおしゃべりを交わす進行が最高。

どこまでも快活でユニーク、さわやかに展開する様子はモーツァルトを聴く喜びを味わせてくれる!

第2楽章 アンダンテ

モーツァルトらしい内面を見つめるような静謐で豊かな旋律が心を捉えます。中間部のピアノのモノローグも印象的!

第3楽章 ロンド・アレグレット

可愛らしく、ちょっぴり憂いが漂うロンド・アレグレットは魅力のかたまり…。

ここではモーツァルトの音楽の魅力が随所に花開いている。特にエピソード部分の可愛らしい主題をピアノが奏した後の転調の素晴らしさ……‼  涙が光り、憂いが漂う独特の雰囲気と余韻がひときわ胸をうつ! 

オススメ演奏

エリック・ハイドシェック(ピアノ)ハンス・グラーフ指揮=ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団


ハイドシェックは第3楽章の自在で即興的なピアノのタッチが最高で、生き生きとした表情がモーツァルトにピッタリです。

第1、第2楽章も型にはまらず、即興的でセンス満点の音作りが功を奏しています。グラーフの伴奏にもう少し潤いがあれば言うことないのですが、これはこれでなかなかの好演というべきなのでしょう……。

マレイ・ペライア(ピアノ、指揮)イギリス室内管弦楽団


Mozart: The Complete Piano Concertos

ペライア盤は「モーツァルトのK.414はこう弾くんだよ」と言わんばかりに自信に満ちた演奏を聴かせてくれます。

ペライアはこういう美しいメロディを主体にした天衣無縫な作品が素晴らしいですね!  ピアノの音色はモーツァルトそのものだし、伴奏も終始充実した音楽を届けてくれます。

ダニエル・バレンボイム(ピアノ、指揮)ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

Piano Concertos No 11-13 (Barenboim) By Wolfgang Amadeus Mozart (Composer) (1997-05-26)

バレンボイムのピアノと指揮、ベルリンフィルとの共演で録音された全曲シリーズの中の1曲です。

バレンボイムの自由自在で陰影に満ちた演奏も魅力のひとつですが、ベルリンフィルの立体的な響きが見事です。音楽としての彩りを増し加えて、ただただ充実した音楽に聴き入るばかりです…。特に第2楽章はベルリンフィルだからこそ可能だった密度の濃い表現といえるでしょう。

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