夢とロマンが美しく交錯する・シューマン「幻想小曲集」

8つの小曲から成るピアノ曲

シューマンが「幻想小曲集」を献呈したイギリス人ピアニストのアンナ・ロベーナ・レイドロー

 

幻想小曲集(Fantasiestücke)作品12は、シューマンが1837年に作曲した、8曲からなるピアノ曲集です。

「幻想小曲集」というタイトルのとおり、どの曲も単独の小曲として完成しています。

小曲が集まった作品としては、ちょうどグリーグの「抒情小曲集」と同じように捉えていいかもしれませんね。

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ピアノリサイタルなどで女性ピアニストが第2曲「飛翔」、第5曲「夜に」などを取り上げることも多いですよね! 

ファンタジックで叙情的、ハッとするような美しい旋律が随所に現れるため、女性ピアニストに人気が高いのも分かるような気がします。

私は幻想小曲集の中では3曲目の「なぜに」に無性に惹かれます……。

後ろ髪を引かれるようにピアノで「どうして」、「どうしてなの…」と、問いかける旋律がとても印象的です。

諦めようとしても諦めきれない想い……。答えがあるようでない現実世界の葛藤を、夢か幻のような雰囲気を作りあげながら、さり気なく表現しているのが何とも美しく切ないのです。

激情がみなぎる第2曲の「飛翔」、第5曲「夜に」も、押し寄せる感情とそれに抵抗する強い理性と推進力が強い緊張感を生み出していますね!

シューマンの魅力が全開

ドイツ・ライプツィヒのシューマン博物館
Schumann Museum in Leipzig, Germany

 

シューマンはベートーヴェンのように音楽を構造的に練り上げて完成形にもっていく人ではありません。 

湧き上がる感情のきらめきを、雄弁に瞬時に表現する天才的な感性を持った人だったのでした。

まさにロマン派の中のロマン派作曲家というくらい、シューマンの音楽にはロマンチシズムの豊潤な香りが漂います。

そこには人間感情の美しい憧れがあり、ファンタジックな夢があり、気品漂う情緒あり、情熱的な衝動など…、言葉に表すことが難しい感情を見事に音化しているともいえるでしょう。

文学に造詣が深く、音楽評論を書いたり、眠っていたシューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」を世に知らしめたり……。シューマンの創作の領域は多岐に渡り、その感性の豊かさは当時としても群を抜いていたのです。

「幻想小曲集」でも、揺れ動く心の動きが様々な形に表現されていて、まさにシューマンでしか表現できない魅力が詰まった傑作といえるでしょう!

聴きどころ

第2曲 飛翔・ロンド形式 ヘ短調

感情の起伏が激しく、激情的な冒頭の部分と優しさに満ちた中間部が交互に現れる。音域の振り幅が大きく、シューマンらしい特徴と魅力が満喫できる。

第3曲 なぜに・ 変ニ長調

後ろ髪を引かれるようなピアノの問いかける旋律が非常に印象的。

悔悟を想わせる情景が走馬灯のように拡がる中で、いまだ見ぬ心の安住の地を求め続ける…。まるで人生の黄昏を想わせる心境を朴訥としたピアノの調べが奏でる…。

 

第8曲 歌の終わり・ヘ長調

荘厳で力強い鐘の響きにも似た第1主題が希望の未来を告げるかのよう…! 

中間部では一抹の不安と戸惑いを見せながら、最後はすべてを受けとめつつ静かに曲を閉じる

オススメ演奏

マルタ・アルゲリッチ(P)

アルゲリッチの演奏には理屈っぽさが一切ありませんね。

この演奏も気持ちがいいくらいに割り切っているのですが、シューマンのデリケートでイマジネーションあふれる感情の動きを見事に表現し尽くしています。

既成概念に縛られず、感じたままの音楽をストレートに伝えてくれるのもうれしい限り! どこまでも情感豊かでフレッシュな感性が息づいています。

特に「飛翔」、「夜に」のアグレッシブで即興的な魅力や「歌の終わり」の強い共感とダイナミックレンジの広さは凄いの一言です。

デルフィーヌ・リゼ(P)

アルゲリッチに比べると柔和な演奏ですが、曲に切り込む深さは尋常ではありません。

感性が豊かで、刻一刻と変化する作曲家の心の内面に寄り添うような表現が印象的です。

第3曲の「なぜに」をこれほど詩的なデリカシーで表現した演奏はないでしょう。第5曲の「夜に」も音楽の内面にアプローチしていて見事です!

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