音楽が呼吸する名演!グレン・グールド『インヴェンションとシンフォニア』の魅力とは

目次

グレン・グールドとは?異端の天才ピアニスト

Photo credit:BiblioArchives / LibraryArchives on Visualhunt/CC BY-NC-ND
ピアノを弾くグールド

皆さんは20世紀の名ピアニスト、グレン・グールド(1932-1982)の演奏時の映像をご覧になったことがあるでしょうか?

おそらく、「おやっ!」と思われた方は多いはずです。

異常に背丈の低い椅子にかがむように座り、鍵盤を舐めるように弾く姿……。そして鍵盤を弾くやいなや、音楽に合わせるように鼻歌(唸り声?)を歌い始めるではありませんか。

しかも鼻歌は弱まる様子もなく、調子が上がるに従い、勢いが増してマイクがしっかり音を拾うという結果になってしまいます……。

けれども、そのような不思議な演奏姿は決して聴衆へのパフォーマンスではなかったのです。 真剣に音楽に入りこもうと思えば思うほど、自然と出てきた大真面目な演奏スタイルだったのです。

ピアノを演奏するグールド(イメージ)
Gould playing the piano (illustration)

1955年にバッハの「ゴルトベルク変奏曲」で音楽関係者から絶賛され、センセーショナルなデビューを果たしたグールドでしたが、1964年には1回きりのコンサートでは音楽の真価が伝えられないということで、すべての演奏活動を停止してしまいます。

音楽が聴く人にどのように伝わるのかということに人一倍強いこだわりもあったのでしょうね……。

グールドは抽象的な主題を積み重ねていく作品との相性は抜群でしたが、メロディを歌わせる必要のある作品はお世辞にも相性がいいとは言えませんでした。

特にロマン派作曲家の作品との相性は水と油のようで、グールドがメンデルスゾーンの無言歌あたりを弾いている姿はどう考えても思い浮かびません。実際、シューベルト、ショパン、シューマン、メンデルスゾーン作品の録音がほぼ皆無なのもうなずけます。

バッハ『インヴェンションとシンフォニア』とは?|作品概要と基本情報

作品データ

項目内容
作品名《インヴェンションとシンフォニア》
原題Inventionen und Sinfonien
作曲者J.S.バッハ
作曲年1720年頃
曲数15のインヴェンション(二声)+15のシンフォニア(三声)
編成クラヴィーア独奏(チェンバロ、クラヴィコード、ピアノなど)
作曲目的息子ヴィルヘルム・フリーデマンの教育用教材
作品番号BWV 772–801

『インヴェンションとシンフォニア』は、バッハが息子 ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ のために書いた鍵盤楽曲集です。

もともとは 「美しく歌う演奏」「多声部を明瞭に弾く技術」「作曲的思考」 を身につけるための教材として作られました。しかし現在では、単なる練習曲ではなく バッハ芸術のエッセンスが凝縮された傑作集 として世界中で愛されています。

わずか1〜2分ほどの小品が多いにもかかわらず、それぞれが驚くほど個性的で、喜び、祈り、憂い、躍動、瞑想といった多彩な感情を秘めています。まさに 「小さな宇宙」 と呼ぶにふさわしい作品集なのです。

なぜグールドのバッハは特別なのか?

夏でもコートを着用し、手袋をしていたグールド
Creator(s) / Créateur(s) : Canadian Broadcasting Corporation (CBC) / © Société Radio-Canada (SRC)
https://flic.kr/p/Q5D7nk

エピソードには事欠かないグールドでしたが、彼によって生みだされた音楽が色褪せることはないでしょう。

特にバッハの音楽との相性は抜群でした。

禁欲的で、「こうあらねばならない」という固苦しいバッハ像を根底から覆すような名演を次々に発表したのです。

それまで礼拝堂で聴かれるべきという暗黙の了解や神秘的で神聖なイメージがつきまとっていたバッハの作品を、生き生きとした感情を宿した音楽として伝えてくれたのも他ならぬグールドだったのでした。

バッハの作品の造型やリズム、曲調はよほどグールドの感性とマッチしていたのでしょうか……。 グールドはバッハの作品で創造の翼を思う存分に羽ばたかせ、胸の内のすべてを吐露しているようにも思えます。

もちろん演奏がそこそこくらいだったら次第に忘れられる運命だったのかもしれません。でもグールドの場合は演奏そのものがオンリーワンと言ってよく、圧巻の表現、感性、テクニックと相まって完全に聴者の心を溶かしてしまったのでした。

バッハの音楽を生き生きとしたリズムやテンポ、アーティキュレーションの変化をつけて、自分がやりたいように表現するグールドの演奏に多くのピアニストが影響を受けたのは言うまでもありません。

なぜグールドの『インヴェンションとシンフォニア』は名盤なのか?

グレン・グールド の録音(1964年)は、発売から半世紀以上経った現在でも 『インヴェンションとシンフォニア』の代表的名盤 として語り継がれています。その理由は技巧の高さだけではもちろんありません。

① 声部が驚くほど鮮明に聴こえる

バッハの音楽は複数の旋律が同時に進行します。多くの演奏ではそれらが一体となって響きますが、グールドは それぞれの旋律に独立した生命を与えます。シンフォニア第11番 ト短調が好例です。

まるで数人の歌手が会話しているかのように、各声部がくっきりと浮かび上がるのを感じることでしょう。

普通の演奏では埋もれがちな内声まで鮮やかに浮かび上がり、バッハの対位法の美しさを手に取るように感じることができる

② リズムが生きている

グールドの演奏は機械的ではありません。

テンポやアーティキュレーションに絶妙な変化をつけ、音楽が 呼吸している ように感じられます。

特にシンフォニア第6番ホ長調では、真珠が転がるような軽やかさと透明感が生まれています。

③ 一曲ごとの性格が際立つ

30曲すべてが別々のキャラクターを持っているかのようです。

たとえばインヴェンション第13番イ短調では、猛烈なスピード感と推進力によって、曲の情熱的な性格が強烈に浮かび上がります。

④教則作品を「芸術作品」へ昇華した

『インヴェンションとシンフォニア』は長く「ピアノ学習者のための教材」というイメージが強くありました。

しかしグールドは、この作品集に 豊かな感情・ドラマ・詩情 を吹き込み、「これは小さな傑作集なのだ」と世界に示したのです。シンフォニア第9番 ヘ短調 BWV 795が好例ですね。この録音によって、作品への評価そのものが一段引き上げられたと言っても過言ではありません。

静かな悲しみと瞑想的な美しさに満ちた演奏は、教育作品という枠組みを完全に超えている。

グールド『インヴェンションとシンフォニア』の聴きどころ


J.Sバッハの「インヴェンションとシンフォニア」は録音後50年を経過していますが、現在でも名盤の誉れ高い演奏です。

そもそも「インヴェンションとシンフォニア」は、バッハが息子のヴィルヘルム・フリーデマンのために書いたクラヴィーア小曲集です。

ピアニストの教育効果を引き出すために書かれた作品なのですが、今では多彩で豊かな性格を持つ音楽の小宇宙として、その芸術性がひときわ高く評価されています。

グールドの演奏はあらゆる部分で個性的なリズムやアーティキュレーションが続出しますが、本質を突いているために違和感がありませんし、最後まで一気に聴かせてしまうグールドのピアニストとしての器量はやはり並大抵ではありません。

よく聴くと、その一音一音に驚くほどの感性や情感が息づいているのがよくわかります。

少し寂寥感を湛えたピアノのタッチ、豊潤で柔らかな音色、自在に変化するアーティキュレーションはグールドだからこそ表現できた世界でしょう!

たとえばシンフォニアの6ホ長調は、まるで真珠の玉を転がすかのように美しく軽やかで、透明感にあふれています。

また第13番イ短調インヴェンションは、驚くほどのスピードでアルペッジョとシンコペーションを弾き分けながら一気に駆け抜けますが、いっさい音楽が乱れず進行し、曲の性格を強く打ち出す事になります。

とにかくグールドの「インヴェンションとシンフォニア」はバッハの音楽を決して退屈にさせることなく、音楽の魅力を最大限に引き出しているのです。 この演奏でバッハの音楽が好きになったという人も少なくないでしょう!

グールド以前と以後で変わったバッハ演奏

グールド以前

20世紀前半までのバッハ演奏には、比較的 重厚で厳格 なスタイルが多く見られました。テンポは落ち着き、ペダルも多めで、どこか 「神聖で近寄りがたいバッハ」 というイメージが強かったのです。

20世紀前半までは、バッハはどちらかというと

  • 重厚
  • 厳格
  • 神聖
  • 礼拝堂的

に演奏されることが多く、ロマン派的な大きな響きで弾かれる傾向もありました。

「偉大だが少し近寄りがたい音楽」というイメージが強かったのです。

グールド以後

1955年の『ゴルトベルク変奏曲』、そして1964年の『インヴェンションとシンフォニア』によって、グールドはバッハ演奏の価値観を大きく揺さぶりました。

彼は

  • 軽快なテンポ
  • 明晰な声部
  • 鋭いリズム感
  • 大胆なアーティキュレーション
  • 知的でありながら情熱的な表現

を前面に打ち出したのです。

その影響は非常に大きく、後の多くのピアニストが 「バッハをもっと自由に、生き生きと演奏してよい」と考えるようになりました。

もちろんグールドのスタイルをそのまま真似ることはできません。しかし バッハを“博物館の音楽”ではなく“今ここで生きる音楽”として聴かせた功績 は計り知れないでしょう。

まとめ

《インヴェンションとシンフォニア》は、教育作品でありながらバッハ芸術の核心が詰まった傑作集です。

そしてグレン・グールドは、その作品群に眠っていた生命力を解き放ち、世界中の聴き手に「バッハはこんなにも面白い音楽だったのか」と気づかせました。

もしまだ聴いたことがないなら、まずはシンフォニア第6番ホ長調からぜひ耳を傾けてみてください。きっと、教科書の中のバッハではなく、呼吸し、笑い、語りかけてくるバッハに出会えるはずです。

よくある質問(FAQ)

グレン・グールドの『インヴェンションとシンフォニア』は初心者にもおすすめですか?

はい、おすすめです。

《インヴェンションとシンフォニア》は教則作品として知られていますが、グールドの演奏は音楽の表情が非常に豊かで、バッハ初心者でも楽しみやすい録音です。特にシンフォニア第6番ホ長調や第9番ヘ短調は、作品の魅力が伝わりやすいでしょう。

『インヴェンション』と『シンフォニア』の違いは何ですか?

インヴェンションは二声、シンフォニアは三声で書かれています。

インヴェンションでは二つの旋律の対話が中心となり、シンフォニアでは三つの声部が複雑に絡み合います。一般的にシンフォニアの方が高度な内容を持っています。

グールドの演奏はなぜ評価が分かれるのですか?

グールドは独特のテンポ設定やアーティキュレーションを用いるためです。

一方で、その個性的な解釈によって作品の構造や魅力が鮮やかに浮かび上がるため、熱狂的な支持者も数多く存在します。

グールドのバッハを聴くなら、まず何から聴けばよいですか?

一般には《ゴルトベルク変奏曲》が有名ですが、《インヴェンションとシンフォニア》も入門に最適です。

短い曲が続くため聴きやすく、グールドの個性やバッハとの相性の良さを手軽に味わうことができます。

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